トップ野球少年の郷第6回
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第一章 墨谷第二中学校 谷口キャプテン編−5

〈検証〉江田川中学について

 谷口にとってのキャプテン就任初試合の相手は江田川中だった。
 ちなみに、東京都には「江田川」という地名は存在しない。筆者は東京には詳しくないので断言できないが、東京の河川を調べても「江田川」という名の川は見つからなかったので、そんな川はないのだろう。ひょっとすれば、昔はそんな名の川があったのかもしれないが。江田川中学野球部は河川敷で練習しているが、この川は江田川ではないだろう(キ一一巻一八九頁)。かなり広い川であり、こんな川ならちゃんと「江田川」は登録されているはずだ。
 この江田川中学野球部の実力は大したことがない。この試合までの墨谷二中との対戦成績は墨二の九戦全勝(うち八回はコールド勝ち)となっている(キ一巻九七頁)。

 ところでこの江田川中、私立ではないかと筆者は考えている。その根拠は、江田川中の男子学生服はチャック式であるということだ(キ一巻一〇一頁)。普通はボタン式であり、公立の中学校としては珍しい。また、イガラシの同級生だった井口(ただし、この試合の時点では「井口」という名前は明かされていない。明かされるのは二年後のことだ)が墨二のベンチでイガラシと再会し「へー、おまえ墨谷第二にはいったのか」と言っているから(キ一巻一〇七頁)、本来同じ中学に通う仲、つまり同じ小学校出身だったと考えられる。それで、墨谷二中は公立だから江田川中が私立だと思うのだ。ただ、そうだとすれば井口のセリフはいささか妙で、本来ならイガラシが「へー、おまえ江田川にはいったのか」と井口に言う方が自然なのであるが……。

 しかし、たとえ私立だとしても青葉学院のような野球学校ではない。それは墨二との戦績を見ても明らかだ。今回の墨二との対戦では大接戦を演じたが、これははっきり言って井口一人の力によるものだ。この江田川が二年後にはなんと青葉学院に四―〇で完勝し地区予選決勝に進出しているが(キ一三巻一一頁)、それとて学校が特別、野球部に力を入れたわけではないだろう。これもひとえに井口の力と、井口を打撃練習で打っていたために打線が強化されたからだ。でも、井口が凄すぎたせいか、守備はほとんど上達しなかったが(キ一一巻一九八頁)。
 では、そんな井口がなぜ弱小の江田川中学を選んだか。ひとつ考えられるのは、江田川ならすぐエースになれると確信したからではないか。井口の性格はモロにお山の大将だ。小学生の時は先生を殴って停学をくらっているくらいである(プ二一巻一六九頁)。井口は下積みなんて真っ平ゴメンだっただろう。井口の目論見どおり、江田川では一年生ながらエースで四番だ。しかも先輩(と思われる)に対してタメ口を叩き、偉そうに指示まで出している(キ一巻一五一頁)。

 もうひとつ考えられるのは、青葉のような名門のセレクションに落ちたのではないかということだ。井口は素材こそ凄いが、一年の段階ではかなりのノーコンだ。名門校では大器晩成型よりも即戦力を求める。その方が勝ち抜くのに手っ取り早いからだ。青葉学院のエースの座を二年間守った佐野は、二年生時点で既に完成された投手だった。例えば、日本人メジャーリーガーのパイオニア・野茂英雄だってノーコンだったために名門高校のセレクションにはことごとく落ちて、野球では無名の大阪府立成城工業に進学している。井口も同様だったと考えられる。あるいは、停学経験のある問題児として敬遠されたのかもしれない。そうだとすれば、名門校は実に大きな魚を逃したといえる。

 一年生時の井口はさっきも言ったようにノーコンだったが、それは立ち上がりだけで、回を追うごとに速球をストライクゾーンにビシビシ決めた。しかし井口にはもう一つ致命的な欠陥があった。左打者に弱いのだ。こう言うと「あれ?左投手は左打者が得意なんじゃないの?」という声が聞こえてきそうだが、一概にそうとは言えないのだ。普通、左打者が出てきたときに左投手をリリーフに出すように、左投手は左打者を得意としていると思われる。実はそうではなくて、「左投手が左打者を得意としている」わけではなく、「左打者が左投手を苦手としている」のである。左打者にとってみれば、左投手は出所が見難いので非常に打ちにくい。同じ理屈で右打者も右投手を苦手にするはずだが、こちらの方は右投手が珍しくないので打つのに慣れているからさほど苦にしない。

 一方、「左殺し」と呼ばれる左投手は別にして、多くの左投手は右打者を基準にストライクゾーンを設定しているから、左打者が相手ではコントロールが狂うことがある。左投手が出てくると相手はよく右の代打を出すが、それでホッとしている左投手もいるほどだ。井口の場合も左打者に特別打たれるわけではなく、コントロールを乱してしまうのだ。

 この井口のふてぶてしい態度と体型、ストレートしか投げられないノーコンサウスポーというのは、阪神に入団したころの江夏豊を彷彿させる。
 井口は二年後、プロ入り後の江夏のように急成長を遂げるが、そのことは「イガラシキャプテン編」で検証することにしよう。

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