トップ野球少年の郷第8回
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第一章 墨谷第二中学校 谷口キャプテン編−7

〈検証〉金成中学の実力

 このころの金成中は地区予選の決勝に毎年顔を出すほどの強豪である(キ二巻一三頁)。しかし、青葉学院の厚い壁にいつもはね返されているようだ。はっきり言って、青葉の二軍相手でもまず勝つ可能性はないように思われる。
 今回の墨谷二中との対戦でも八回終了までは六対一と圧倒しているように見える。しかし内容で押していたのはむしろ墨二のほうだ。

 金成のエースの球は打ちごろで、打線も長打力がない。明らかに優れているのは、卓越した守備力だけである。どのくらいの守備力かというと、センターゴロを記録したほどだ(キ二巻一九頁)。ライトゴロは高校野球でも度々あるが、フォースプレーでないセンターゴロはさすがに見たことがない。青葉の一軍ですら、センターゴロはあと一歩で達成できなかった(キ三巻九二頁)。

 しかし、そんな投手力と攻撃力で金成がなぜ地区予選決勝の常連になりえたか?それは、徹底したデータ野球で非力を補っていたからだ。
 メガネをかけた制服姿の少年が敵のデータを徹底的に洗い、丸裸にしていた。試合経験のないイガラシのデータまで調べ上げていたのだから(キ二巻一二頁)、プロのスコアラーも真っ青である。しかも、プレーだけでなく性格まで調べていたのだから、将来は興信所に勤めるべきである。身にやましい覚えがある諸兄はこの少年にはくれぐれも気をつけるように。ところでこの少年、どんな名目でベンチに入っているのだろう。ユニフォームを着ていないから選手ではないし、現在の高校野球なら記録員のベンチ入りが認められているが、当時はそんな規則はなかっただろう。監督ならユニフォームを着ているはずだし、ひょっとしたら部長待遇か?余談だが『ドカベン』では山田太郎の妹・サチ子が、山田が一年の時の甲子園でなんと部長としてベンチ入りしている。しかも伝令としてマウンドにも行っているのだ。あの頭の固い高野連がよくぞ許したものである。

 話が脱線してしまった。少年は投手に各打者の好きなコースへ投げるように指示し、飛ぶコースを予測して守備体型を敷いた。なるほど、この戦法なら普通のチーム相手には勝ち進めても、青葉学院が相手ならとても通用しなかっただろう。好きなコースに投げた時点で、一発を覚悟しなければならないのだから。仮に青葉相手の時だけ苦手なコースをついても、この投手程度のスピードでは簡単に打ち返されたと思われる。
 しかし、当時の墨二には金成のデータ野球を打ち崩す力がなかった。試合の途中、金成の守備陣が投球と同時に打球の飛ぶ方向へ移動することを谷口が見つけた(キ二巻三八頁)。これにより、金成の投手がなぜわざわざ好きなコースに投げるのかがわかり、ウラをかく戦法に出て一点を返したが、策に優る金成にそれ以上の得点はできなかった。

 谷口が小細工することをあきらめ、選手に思い切りプレーをするように指示した。結果は変わらなかったが、墨二の打球に伸びが出てきた。金成ナインはデータより少し深めに守った方がいいのではと少年に提案するが、自分のデータに絶対の自信を持つ少年は聞き入れなかった(キ二巻六一頁)。
 五点差で迎えた墨二最後の攻撃、松下の打球がついに外野の頭を越えた。この試合だけはデータどおりにいかない、という金成の補欠がいった言葉に少年は怒り、他のナインも同じ気持ちだということを知って、少年はナインに絶縁を突きつけ、球場を去る。

 このときの金成ナインの反応が面白い。「ことわっとくがこれから試合がどうなってもしらんからね」と少年が捨てゼリフを残したことに対し、エースが「かえってそうしてもらったほうがいいかもな」と言っているところをみると(キ二巻六七頁)、どうやらナインもデータで縛られる野球をうっとうしく思っていたようである。
 しかし一端火がついた墨二打線を止める術もなく、一気に試合をひっくり返される。何点入ったのかは不明だが、相当打ちまくったようだ。

 もうひとつ、墨二打線が爆発した原因がある。それは金成のマナーの良さだ。マナーがいいことがアダになるというのも変な話だが、金成の場合はマナーが良すぎた。
 打者が打席に立ったときに帽子を取ってお辞儀をするというのは学生野球ではお馴染みの光景だが、金成の場合はそれだけでなく投手までが打者一人一人にいちいち帽子を取るのである(キ二巻一四頁)。そして相手打者がいい当たりを打つとナイン全員で拍手までする(キ二巻二一頁)。墨二ナインも最初のうちこそマナーの良さに感心し、拍手には拍手で応えていたが、点差が開くにつれそれは金成の余裕の表れだということに気付き、このマナーの良さがかえって癇に障るようになった。はっきり言って、バカにされていたのである。それが証拠に、金成ナインは拍手をしたあと、凡退した打者を嘲笑している(キ二巻五八頁)。

 そんな金成にデータどおりの試合運びをされた悔しさが墨二ナインの闘志に火をつけたといっていい。金成のために言うならば、バカ丁寧なマナーの良さは序盤戦だけにして、後半は普通に振る舞うべきだった。怒りに満ちている相手にお辞儀をしたって(キ二巻六〇頁)、火に油を注ぐだけである。

 金成ナインには次の言葉を贈ろう。

 「礼も過ぎれば無礼となる」。

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