トップ野球少年の郷第21回
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第二章 墨谷高等学校 谷口一年生編(プレイボール 一〜七巻)−5


〈検証〉ナチュラル・フォーク

 谷口が東実の練習を見てまず驚いたのが選手たちの足の速さだった(プ三巻一〇二頁)。そのため、バウンド送球では東実の打者走者は刺せないと悟る。でも、谷口のバウンド送球は他のナインの普通の送球よりもずっと速いのだから(プ二巻一六九頁)他の選手で東実の打者走者は刺せないのではないのか?いや、ファーストの佐々木は関係ないし、セカンドからなら松本でも刺せるだろう。問題はショートの太田だが、考えてみれば太田の肩の強さはチームでも抜きん出ているから(プ八巻一〇四頁)問題はないか。

 それはともかく、バウンド送球では通用しないからと、ノーバウンド送球の練習を例によって御岳神社で開始した(プ三巻一四六頁)。しかしなかなかうまくいかない。そこで父ちゃんが「欲張った考えを捨ててまず一人を刺すことを考えたらいいんじゃないか」とアドバイス(プ三巻一五六頁)。このアドバイスによって谷口は一歩でも前に出て送球しようと、ノーバウンド練習をさらに続けた(プ三巻一五八頁)。

 練習の甲斐があって、ノーバウンドでも送球できるようになり、東実相手に諦めていた他のナインも谷口のがんばりにつられるように、対東実用の特訓を開始した(プ三巻一八一頁)。

 谷口のノーバウンド送球は速さを増していったが、奇妙なことが起こり始めた。ナインが谷口の送球を取れなくなったのである(プ四巻一一頁)。不思議に思った田所は谷口に投げ方を聞いて驚いた。なんと谷口は無意識のうちにフォークボールを投げていたのだ。

 谷口の投げ方は、曲がった人差し指と親指でボールを挟み、抜いて投げるというものである(プ三巻二七頁)。普通、フォークボールは人差し指と中指で挟んで投げる。つまり、谷口の投げ方は変則的だ。人差し指が曲がったままなので、かえってフォークボールとしての変化があったのかもしれない。もっとも、指が治ってからもこの握りでフォークを投げている。

 谷口は投手もやったことがあるから、マウンドからフォークを投げると効果覿面だ。ただ問題なのは、フォークしか投げられないということである。フォークボールは数ある変化球の中でもっとも肩や肘に負担がかかると言われる。プロ野球のフォークを決め球とする多くの投手が肩や肘にメスを入れた。初回からフォークを多投したために、終盤ではフォークが落ちなくなることも多い。フォークボールだけで完投するのは無理だ。
 そこで中山を先発させて谷口をリリーフに廻すことにした。東実には通用しそうもない中山にもやはり投げてもらうしかない。

 だが、フォークが来るとわかっていて東実打線が打てないのだろうか。田所が「いくら東実といえどもフォークボールを投げるやつはいねえだろうからな」と思っているところをみると(プ五巻一二頁)、一九七〇年代の高校野球ではフォークボールは珍しかったのだろう。事実、東実は谷口のフォークボールに終盤までほとんど手も足も出なかった。

 ちなみに、翌年の優勝候補である専修館の選手は谷口のフォークをアウトになったとはいえ打ち返しているし(プ一六巻一二二頁)、翌々年には春の選抜に出場した谷原の打者がレフトオーバーの長打を放っている(プ二二巻一五六頁)。このあたりを見ても、東実の実力は東京でもさほど抜きん出てはいないと思われるのである。

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