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第三章 墨谷第二中学校 丸井キャプテン編(キャプテン 五〜九巻)−8

※墨谷二中×川下中(練習試合)球場=墨谷二中グラウンド

 墨谷二 200 000 000=2
 川 下 000 000 002=2 (川下が延長戦を続行できず、墨二の不戦勝)
  勝=イガラシ 負=小川

 練習試合の初戦は春の選抜で準決勝進出した川下が相手。合宿で鍛えた墨二は選抜のときとは打って変わった試合運びで初回に二点奪い、有利に展開。先発の近藤も絶好調で九回初めまでパーフェクトに抑えた。
 しかし九回裏の川下の攻撃、初めてランナーを許した近藤は、慣れないセットポジションと拙い守備でたちまち同点に追いつかれ、イガラシのリリーフを仰ぐ。

 イガラシは完璧な投球で火消しを果たし、イガラシを打てないとみた川下はエース小川に代打を出したため延長戦を行えず、墨二の不戦勝となった。

 川下戦の不戦勝を皮切りに明星、浦上などを次々と撃破し、練習試合三六戦全勝の快挙を成し遂げた。

 〈検証〉三六校との練習試合

 合宿を終え、墨二はいよいよ三六校との練習試合を開始した。もっとも、練習試合期間中も合宿生活が続いている可能性もあるが、「すべての日程を終え」と書かれているから(キ七巻六七頁)、合宿は練習試合初日で打ち上げになったのだろう。しかし、徒歩圏内にある学校でなぜわざわざ合宿を行ったのかはわからないが、チームの結束力を高めようとしたのかも知れない。

 第一戦の相手は、春の選抜で準決勝進出した川下だった。この川下がどこにあるのかは判らないが、墨二と青葉が出場している東京都でないことはたしか。でも、あまりにも遠い学校は練習試合相手からオミットしているので、おそらく首都圏だろう。なにしろ朝九時からの試合だから(キ七巻七七頁)、首都圏でも近場と考えられる。とすると、京成電鉄ですぐに来ることができる千葉の学校かも知れない。ちなみに、第二試合で対戦する明星も川下と同じ地区の学校だ。明星のキャプテンらしき男が「川下中とはこんどの大会でかならず顔をあわせるはずだ」と言っているから(キ七巻八〇頁)、きっとそうなのだろう。

 ちなみに三六校中、選抜校が九校あると書いたが、東京以外の関東七県で九校も選抜されていたのだろうか。東京の二校を合わせると関東だけで一一校も選抜されていたことになる。これはあまりにも多い。最近の高校野球での春の選抜は、関東一都七県で七校程度が選ばれている。まあ夏休みということで、静岡や長野、福島あたりからも遠征してきているのかなとも思えるが。第三試合に登場する浦上はかなり遠くから来ているそうだ(キ七巻九三頁)。浦上は選抜初戦敗退の墨二をナメてレギュラーを全員は連れてこなかったが、今の墨二の実力を知り、慌てて連れて来させる(キ七巻一〇六頁)。遠いと言っても午前中に引き返して夕方の試合(三時頃と思われる)には間に合いそうだから、首都圏には間違いないだろうが。少なくとも長崎県の浦上中ではあるまい。

 でも、なぜ全国大会に通用するチームを作るためとはいえ、三六校もの練習試合が必要なのだろう。長いスパンを考えれば必要な試合数だろうが、たった一二日間でこなす数ではない。選抜校が九校もあるのだから、あと三校程度増やしたら充分ではないか。試合数を増やしたいのなら、適当にダブルヘッダーを加えればいい。特に遠くからわざわざ練習試合に招いておいて、一試合でハイさよならでは相手にも失礼だ。浦上の連中が、遠くからわざわざ来てやっているのに出迎えるのが礼儀だろ!と怒りまくっているのも頷ける(キ七巻九三頁)。身体の負担の少ない軟式野球では、中学生でもダブルヘッダーは珍しくない。それでも、現実世界での中学野球は七イニング制だし、投手を連投させないように配慮されているが。

 墨二の場合、投手は事実上イガラシと近藤の二人だ。あと二人リリーフがいるそうだが、試合で投げたシーンはない。河野が新入生相手のバッティングテストで投げただけだ。

 一日三試合ということは、『キャプテン』世界では九イニング制なので一日二七イニング。これをイガラシと近藤の二人で担うと一日で一人につき一三〜一四イニング投げなければならない。残る二人のリリーフが多少投げたとしても、どう少なく見積もってもイガラシと近藤は一日一〇イニング以上は投げなければならない。これは一年生の近藤にとって特に大きな負担だろう。近藤は後に青葉戦で肩を壊すが、案外この練習試合での酷使が原因になっているのではないか。

 さて、選抜四強の川下との対戦だが、川下のエース、アンダースロー・小川の立ち上がりを墨二が先制攻撃で二点を先取、試合を有利に運ぶ。選抜ではイガラシの2ランのみの得点だったが、この試合では送りバントをバントヒットにするなど、選抜では見られなかった一面をのぞかせている(キ七巻八六頁)。

 試合は二―〇で最終回まで進み、近藤はここまでパーフェクトピッチング(キ七巻一一五頁)。しかし近藤のエラーで初出塁を許し、近藤は崩れる(キ七巻一二二頁)。セットポジションを覚えたての近藤はランナーを背負うと弱点を露呈する(キ七巻一二四頁)。川下は送りバント(九回で二点差なのでランナー一塁での送りバントは本来ありえないが)で走者を進めようとするが、近藤は間に合わない二塁へ送球(キ七巻一二六頁)。さらに送りバントで二、三塁へ進めてスクイズすると、完封を狙っていた近藤はホームへ悪送球(キ七巻一三三頁)。一気に同点に追いつかれ、なおも一死二塁とサヨナラ負けのピンチを招いた(キ七巻一三六頁)。

 ここで丸井はイガラシをリリーフに送ろうとするが、イガラシは反対する。残り三五試合のスケジュールが無茶苦茶になることももちろんだが、全国優勝するためには近藤にこういう経験をさせておくことが大切だと主張した(キ七巻一三九頁)。いつもはイガラシの意見に流される丸井も、このときは「初志をまげるつもりはない」と毅然とした態度でイガラシにリリーフを命じている(キ七巻一四〇頁)。丸井はあくまでもマニフェストに掲げた三六戦全勝にこだわった。

 この論議、どう考えてもイガラシが正しい。三六戦全勝を目標にするのはいいが、目的にするのは間違えている。最終的な目的は全国優勝のはずだ。練習試合はあくまでもその手段に過ぎない。練習試合を全勝するために無理な投手起用をするのは本末転倒であろう。それに、走者を背負った経験の少ない近藤に、こういう貴重な体験をさせるには絶好のチャンスである。このあたりにも丸井にはビジョンがあるとは感じられない。

 しかし、丸井の指示通りリリーフにたったイガラシは速球と変化球で次打者を手玉に取り、三振に打ち取った(キ七巻一四七頁)。二死二塁となって、川下は次打者のエース小川に代えて、代打に変化球に強い川崎を起用(キ七巻一四九頁)。墨二に通用する投手は小川しかいなかったが、イガラシを打つのは不可能と考え、二塁にランナーがいるこの回しかチャンスはないと勝負を賭けたのだ。

 しかしイガラシは代打の川崎をアッサリとピッチャーフライに打ち取った。ちなみにこのフライを捕ったときのイガラシは、なぜかサウスポーになっていた(キ七巻一五三頁)。

 試合は延長戦に突入しようとしていた。練習試合なのになんで延長戦があるのだろう。これは全勝にこだわる丸井が作ったルールか。しかし、川下には小川以外に墨二に通用する投手はいない。川下はギブアップし、墨二の不戦勝となった(キ七巻一五六頁)。本来ならこれは川下の試合放棄で、九―〇で墨二の勝ちになるのだが、一応本書では二―二で延長不続行、墨二の不戦勝と記録する。実際に戦っているのだから不戦勝であるわけはないのだが、丸井が川下にそう提案し、川下もそれを了承しているから、不戦勝と認定する。
 この川下戦の不戦勝を皮切りに、墨二は練習試合三六戦全勝を果たした(キ七巻一五七頁)。

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