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第五章 墨谷第二中学校 イガラシキャプテン編(キャプテン 九〜二二巻)−9

 ※墨谷二中×朝日高(練習試合)球場=墨谷二中グラウンド

 朝日高 010 000 100=2
 墨谷二 001 000 002=3
  勝=近藤 負=菅野

 全国大会に向けての合宿最終日、墨二は朝日高と練習試合を行った。以前は大敗した相手だが、成長した近藤に朝日高打線はてこずり、接戦の末、墨二が逆転サヨナラ勝ちした。

 〈検証〉全国大会へ向けての合宿

 墨二は地区予選決勝の翌日から講堂で一週間の合宿に入った(キ一五巻一〇頁)。前年の夏合宿と違い、全国大会に向けた短期間の合宿である。決勝の翌日ぐらい休めばいいとも思うのだが、地区予選で接戦だったのは江田川戦だけだったから、ナインにはさほど疲れがたまっていないのかも知れない。それに、約一〇日後には全国大会が始まる(キ一五巻一一頁)ので、早めに調整したいのだろう。また、前年と違うのは、参加しているのが一九名だけだから(キ一五巻三九頁)、レギュラークラスのみの合宿と思われる。なお、地区予選前のレギュラークラスは一八名だったから(キ一二巻五七頁)、一名増えたようだ。

 この合宿にはOBの丸井も参加すると言い出した(キ一五巻一三頁)。まったく、この丸井はどこまで後輩に干渉したがるのだろう。自分の練習はうっちゃっていていいのだろうか。
 もっとも今回の合宿では、丸井の存在が大いに役に立っている。合宿初日には、講堂の床に布団が敷けるように一人でモップ掛けをしているし(キ一五巻一九頁)、一人で炊事から(キ一五巻三八頁)食事の後片付け(キ一五巻四二頁)までやっている。一人でこなすには大変な仕事量だ。これを丸井は、自己満足でやっているから気を遣うな、とイガラシに言っている(キ一五巻四三頁)。まさしく無償の愛だ。ただ、初日の昼食に関しては、まだ料理の腕が未熟だったせいか、味がしょっぱすぎたようだが……(キ一五巻四一頁)。特に、関西の薄味に慣れていたのか、近藤には塩辛いと感じたようだ(キ一五巻四〇頁)。

 丸井はもう一つ、墨二に貢献している。それは、またもや朝日高との練習試合を組んでくれたことだ(キ一五巻一七頁)。これには、スケジュールを勝手に変えられたにもかかわらず、イガラシは本気で感謝している。
 その合宿もいよいよ最終日を迎えた。大東京新聞のスポーツ部デスクは、毎朝新聞の記事でそのことを知り、清水記者に墨二の合宿の取材をするように指示する(キ一五巻四八頁)。さすがに毎朝新聞社は主催者だけあって、墨二の合宿日程まで記事にしている。夏の甲子園を主催している朝日新聞社だって、そんな記事は載せないだろう。
 毎朝新聞では墨二を優勝候補に推していた。しかもその推し方が普通じゃない。墨二の優勝、間違いなしとまで書いているようだ(キ一五巻四九頁)。いくらなんでも、一般紙がそこまで断言するのはマズかろう。

 しかし、大東京新聞の清水記者は優勝予想を和合にしていた。それは和合が春の覇者だからではなく、予選での成績がチーム打率及び防御率共に出場校中一位だからだ(キ一五巻四九頁)。ちなみに墨二は打率が三位、防御率が六位である。また、秋田中はその二部門いずれも墨二より上なので、清水記者の評価では墨二は三番手なのだろうか。もっとも、清水記者が和合を推すのは数字だけではないのだが、そのことは後ほど書こう。
 清水記者とカメラマンが墨二のグラウンドに着いたとき、墨二は朝日高との練習試合の真最中だった(キ一五巻五一頁)。この練習試合を丸井が仕組んだ時、実は最終日ではなく五日目の予定だった(キ一五巻一六頁)。予定が変更になったのだろうか?ただ、朝日高の菅野は清水記者に、練習試合は三度目、と言っている(キ一五巻五三頁)。つまり、最初の試合は江田川戦前の一―一三で墨二が大敗した試合、二試合目がこの合宿の五日目に行われ、そして最終日にもう一試合追加されたのではないか、ただ、五日目に行われていたとしても、勝敗や試合内容が全くわからないし、本書での戦績には記載していない。

 試合は九回表、朝日高の攻撃。二―一で朝日高がかろうじてリードしていた(キ一五巻五六頁)。朝日高打線は近藤の速球にてこずっていた。地区予選中に行った練習試合ではメッタ打ちに遭った近藤だったが、僅かの期間でかなり成長したようだ。

 二死二塁で森下の代わりに丸井が代打に起用された(キ一五巻六〇頁)。この試合では丸井は先発出場せず、炊事に専念していたようだ(キ一五巻六一頁)。丸井は、ピッチャーが近藤と知ると、直球しか能のないやつ、と罵るが(キ一五巻六二頁)、大東京新聞の記者が来ているとわかると、わざわざ清水記者たちに、左右上下に投げ分けるすげーやつ、と近藤のことを褒めている(キ一五巻六三頁)。このあたり丸井も、悪態ばかりついているとはいえ、本音は近藤のことが可愛いようだ。
 こうして近藤と丸井の夢の対決(?)が実現した。丸井は近藤の速球にたちまち追い込まれるも、なんとかファールで粘ったが、最後はファールチップの三振に打ち取られた(キ一五巻七四頁)。丸井は近藤に三振を食らうなんて最大の屈辱だったはずだが、意外にサバサバと近藤を褒めている(キ一五巻七五頁)。照れ隠しもあったのだろうが、悔しさと共に嬉しさもあったに違いない。丸井が近藤のことを本気で嫌いだったら、逆ギレしていただろう。

 九回裏、墨二の最後の攻撃。丸井は鍋に火をかけっ放しにしていたのを思い出して、慌てて炊事場に戻ったので、最後の守備にはつかなかった(キ一五巻七六頁)。
 七番打者の慎二はショートゴロに倒れるも(キ一五巻八一頁)、八番の佐藤が四打数三安打となるライト前ポテンヒットで出塁(キ一五巻八四頁)。ちなみにこの試合では、最初の練習試合と違って菅野は手加減をしていない(キ一五巻五六頁)。菅野の球は、清水記者が「墨谷のピッチャーも速いと思ったが、高校生ともなるとさすがに、ちがうな」と言っているところから(キ一五巻七八頁)、近藤の球よりは速いようだ。

 九番の松尾はバントエンドランを仕掛け、これをキャッチャーがフィルダース・チョイス(キ一五巻九〇頁)。一死一、二塁で一番の曽根に廻るが、この後の展開は不明。ただし、墨二がサヨナラ勝ちを収めたのは確かだ(キ一五巻一〇三頁)。最終的なスコアはわからないが、3ラン以上でのサヨナラホームランでない限り、三―二で墨二の勝ちなので、本書ではそのスコアと認定する。

 合宿場所である体育館(講堂)を見学した清水記者とカメラマンは、合宿スケジュールを見て、その厳しさに驚いた(キ一五巻九九頁)。でも、スケジュール表に書いていたのは、各日にどんな練習をするかという漠然としたものしか書いていないので(キ一五巻一六頁)、厳しいかどうかわからないはずだが。そう言えば丸井もそのスケジュール表を初めて見たとき「ふうん、おまえのスケジュールはあいかわらずきびしいね」と言っている(キ一五巻一五頁)。前年の夏合宿のように、一日の時間によるスケジュール表なら厳しいかどうかわかるのだが。ちなみに前年の合宿では睡眠時間が大幅に削られたが、この合宿では昼食後に一時間ほどの昼寝をしている(キ一五巻四二頁)。

 話を元に戻すと、スケジュールの厳しさに驚いた清水記者が、優勝したことがあるだけに夢よもう一度という気持ちだろうな、と言うと、それを聞きつけた丸井が烈火の如く怒った(キ一五巻九九頁)。「夢」なんて言われると、叶えられない目標にすがっているように聞こえる、というわけだ(キ一五巻一〇〇頁)。松坂大輔がメジャーリーグに挑戦するとき、「夢」という言葉は実現不可能みたいで嫌いだ、と言っていたが、丸井の気持ちはそれと同じだろう。

 清水記者は、墨二の力は認めるが、全国大会での経験不足が心配だ、と言った(キ一五巻一〇一頁)。この言葉に対し丸井は、イガラシは一年の時に全国制覇して、二年の選抜では初戦敗退しているという、栄光も挫折も知り尽くしている男だ、と反論した(キ一五巻一〇二頁)。
 清水記者はそれ以上は丸井に反論しなかったが、帰りの車の中でカメラマンに対してだけ言った。墨二は実は、全国大会を勝ち抜いた経験が無いというのだ(キ一五巻一一〇頁)。二年前は青葉の不正からいきなりの決勝戦だったし、前年の選抜では初戦敗退。つまり、いずれも一試合で終わっていて、全国のあらゆる毛色の違った相手に対して勝ち抜いたことが無かったのである。それに対して和合は、春の選抜で優勝しているし、全国大会にも何度も出場している(キ一五巻五〇頁)。この経験の差が全国大会で出るのではないか、と清水記者は予想しているのだ。

 ただ、この議論は丸井の方に分がある。たしかに墨二は全国大会を勝ち抜いた経験はないが、丸井が言うように、イガラシは一年の時から全国大会を経験していて、まさしく栄光と挫折を味わっている。学校としての経験は無くても、選手としての経験が大きい。しかも、イガラシ以外にも近藤や久保、小室が前年の選抜を経験しているのだ。清水記者の論理では、いくら力があっても初出場校は優勝できないということになるが、甲子園ではしばしば初出場の高校が優勝している。まあ清水記者が言いたいのは、経験値のアドバンテージは和合の方にある、ということなのだろうが……。

 試合終了後、墨二と朝日高の選手たちは、丸井特製のカレーライスに舌鼓を打った(キ一五巻一〇八頁)。このカレーが例によって実に美味そうで、しかもご飯をかまどで炊いている。かまどで炊いたご飯にかけた丸井の特製カレー、一度は食ってみたい。

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