トップ野球少年の郷第71回
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第五章 墨谷第二中学校 イガラシキャプテン編(キャプテン 九〜二二巻)−14 

J墨谷二中×和合中(全国大会決勝)球場=高野台球場

 和 合 000 000 021=3
 墨谷二 000 000 013=4
  勝=イガラシ(兄) 負=中川

 全国大会決勝は連覇を狙う和合と二年ぶりの優勝を狙う墨二との戦い。試合前から降り続く雨の中、決戦の火蓋は切られた。
 墨二の先発はイガラシ(兄)。一回表、和合の攻撃を、スクイズ失敗と、二死二塁のピンチでは四番・下坂の右前安打からライト近藤の好返球により無失点で切り抜けた。
 一回裏、墨二の攻撃は、和合のエース・右腕本格派の中川からトップの曽根が中前安打で出塁するが、三番・久保の併殺打でチャンスを潰した。

 その後、和合有利で試合は進み、墨二がイガラシ(兄)から近藤へスイッチした八回表、和合は一死満塁から代打の長尾がセンターオーバーのエンタイトルツーベースで二点を先制した。
 八回裏、墨二は一死三塁から七番の松尾が意表をつくスリーバント・スクイズで一点を返した。
 九回表、一死一、三塁のピンチで墨二のマウンドには再びイガラシ(兄)が戻った。しかし六番・柳のサードゴロを、ダブルプレーを焦った松尾がセカンドへ悪送球、ダメ押しとも思える三点目が和合に入った。
 雨で一時中断後、松尾の好守による併殺でピンチを切り抜けた墨二は九回裏、最後の攻撃も二死一塁と絶体絶命に追い込まれた。
 ここで三番の久保は右越三塁打。一点を返し、なおも二死三塁と同点のチャンスを迎えた。
 四番のイガラシ(兄)は左越二塁打で遂に同点。今度は二死二塁と一打サヨナラの場面を迎えた。
 五番の近藤が放った打球は三塁線を破り、イガラシ(兄)がホームに還ってきて、墨二が逆転サヨナラ勝ちを収めた。
 墨二は全国選手権、二年ぶり二度目の優勝を果たした。

 〈検証〉決勝戦・墨二と和合の激突

 全国大会決勝、墨二は連覇を狙う西日本の強豪・和合と対戦した。だが、ここで一つ問題がある。和合が春の選抜の覇者であることには間違いないが、ナレーションでは「前年度優勝校、二連覇をねらう和合中」と書かれてある(キ二〇巻一五五頁)。さらに和合の監督も「和合は前年度の優勝校だってことを忘れちゃいかん」と言っている(キ二二巻九一頁)。前年度の春の覇者は青葉なので、和合が優勝していたとすると当然、夏である。だから「二連覇」というと「夏二連覇」という意味で間違いではないのだが、この年の春も優勝しているのだから、普通なら「夏春夏の三連覇」と言うべきだろう。
 ちなみに和合が春の選抜決勝で青葉を破って優勝したとき、墨二ナインは「和合中か……」「やれやれ、またひとつ強敵があらわれたってわけか!」と言っているぐらいだから(キ一一巻一四六頁)、和合の存在を知らなかったのだろう。夏の大会の優勝校を知らないなんて、普通ありえるだろうか。また、この試合でのアナウンサーも「夏春連覇」という言葉は使わず、どちらかというと「青葉が敗れた」というニュアンスだった。したがって、和合が前年度夏の覇者だったとは考えにくい。
 ただ、和合が前年夏の覇者であるという可能性も捨て切れないので、本書では「連覇」とややぼかして表現する。筆者の責任逃れのためだ。

 本題に戻ると、この決勝戦の試合前、雨が降ってきた(キ二〇巻一〇五頁)。丸井は雨天中止を願った。丸井は雨が降ってくる前、墨二の控室に入って、ナインの状態を見ていたからだ(キ二〇巻一四二頁)。それにしてもこの高野台球場、スタンドから簡単に選手控室に入れるなんて、セキュリティは大丈夫なのだろうか。もちろん、丸井は見つからないように慌てて逃げていたので(キ二〇巻一四五頁)、一般人は立ち入り禁止なのだろう。
 控室では、湿布薬を肩につけていた近藤とイガラシの姿があった(キ二〇巻一四三頁)。近藤は塗るタイプ、イガラシは貼るタイプである。やはり二人とも肩に不安を残しているようだ。雨で試合が延びると、当然二人の回復具合が違ってくる。近藤の場合は、一日や二日で剥がれた爪が治るとは思えないのだが。

 関係ないが、雨がもっと早く降ってくれれば良かったのにと気の毒に思ったのが、試合前の花火を上げる花火職人だ。この花火職人、花火の管に火薬と火を入れて耳を塞いだのだが、花火が上がらなかったので不思議に思い、耳から指を離した途端、大音量と共に花火が上がって、花火職人のオッサンはそのまま気絶した(キ二〇巻一三七頁)。このとき既に雨が降っていれば、花火は中止になっていただろう。
 墨二とは逆に、和合は試合決行を望んでいた(キ二〇巻一五五頁)。墨二の状態を知っていたから、一日試合が延びれば、墨二にとって有利になることがわかっていた。だが、和合の選手たちも決して無傷で決勝まで勝ち進んだわけではなかった(キ二〇巻一六四頁)。決勝までの試合内容は不明だが、相当な激戦を戦ってきたのだろう。
 結局、丸井や墨二ナインの願いは届かず、試合決行の判断が下された(キ二〇巻一六五頁)。
 和合の先攻で、墨二の先発はイガラシ。和合は足場の悪さを利用して、徹底的にゴロで攻める作戦に出た(キ二〇巻一八三頁)。

 一回表、和合の先頭打者・高橋はサードへの内野安打と松尾の悪送球というワンヒットワンエラーで無死二塁といきなり先制のチャンスを迎えた(キ二〇巻一九五頁)。
 二番の太田は確実に送りバントを決めて、一死三塁(キ二一巻一二頁)。
 バッターは三番キャッチャーの森口。『キャプテン』に登場するキャッチャーにしては珍しく小柄だ。森口はスクイズを敢行するも、ボールを処理したイガラシが、本塁に突っ込んできた三塁ランナーにそのままスライディングタッチ。かろうじてアウトになった(キ二一巻二〇頁)。
 二死一塁となって四番の下坂。これまた『キャプテン』に登場する四番打者には珍しく小柄で、しかもメガネまでかけてどこか弱々しいイメージだ。試合前には吐き気を催している(キ二〇巻一六〇頁)。と言っても四番だから、相当な打力を秘めている。初球から一塁ランナーの森口は盗塁を敢行。バッテリーは外すも、森口の巧いスライディングで盗塁は成功した(キ二〇巻二四頁)。

 二死二塁で下坂はカーブに泳ぐも巧くライト前に運んだ。二塁ランナーは一気にホームへ。しかし、近藤が指をかばわずホームへダイレクト返球。見事に刺して初回を無得点で切り抜けた(キ二一巻三三頁)。
 一回裏、墨二の攻撃。和合の先発は右腕の本格派、中川。春の段階では左のサイドスローである阪井という投手がエースだった(キ一一巻一三一頁)。春から夏にかけて中川が急成長したのだろう。成長段階の中学生では珍しいことではない。この夏の大会は中川と阪井の両輪で戦うことができる。だが、この試合では中川のリリーフとして「酒井」という、やはり左投手をブルペンで投げさせているが(キ二二巻一〇三頁)、阪井は夏までに中川と酒井に抜かれたのだろうか。和合の監督も、同じ左投手で読み方も「さかい」という投手が二人もいれば、さぞかしややこしかっただろう。
 イガラシも和合の監督のように、一番の曽根にはゴロを打つようにと指示した(キ二一巻三九頁)。その曽根が打った打球はイガラシの指示とは反対にセカンド後方へのフライ。しかしこれがラッキーなヒットとなった(キ二一巻四八頁)。

 二番の牧野は定石どおり送りバント。しかしこれがサードへの小フライとなり、バント失敗(キ二一巻五五頁)。
 曽根が打ち上げ、牧野もバントを失敗した。この理由はどこにあるのか。実は、中川の球はホップするのだ(キ二一巻五六頁)。中川は完全なオーバーハンドで、叩きつけるように投げ込んでくる。そんな球がホップするのだから、かなり打ちにくそうだ。江川卓や藤川球児のような速球だろうか。
 この中川と江田川の井口はどちらが上だろうと、筆者はよく想像する。井口が江夏なら、中川は江川、もしくは球児だ。ストレートの速さは互角だが、伸びてくる分だけ中川の方が打ちにくそうだ。ただし、多彩な変化球を持っている井口に比べ、中川はほとんど変化球を投げない。このあたりも江夏と江川、球児の違いに似ている。
 試合に戻ろう。一死一塁でバッターは三番の久保。ホップする球に対応しようとボールの上っ面を叩いたが、これがセカンドゴロの併殺打となり、結果的に三人で攻撃を終えた(キ二一巻六八頁)。
 その後は和合が優勢ながら墨二は得点を許さず、〇―〇のまま八回表の和合の攻撃を迎えた。この頃、墨二のピッチャーはイガラシから近藤にスイッチしていた(キ二一巻七三頁)。
 先頭の七番・川口は二遊間を破るヒットで出塁(キ二一巻七四頁)。八番の奥山が送って一死二塁(キ二〇巻七八頁)。

 九番の町尻はピッチャー強襲のヒットで一死一、三塁と先制のチャンスを迎えた(キ二〇巻八二頁)。このピッチャーライナーを近藤は横っ飛びで捕ろうとしている(キ二一巻八一頁)。投手は普通、ピッチャーライナーに対して横っ飛びなどできないのだが、近藤は反射神経が優れているのか、逆シングルで飛びついて、しかも打球をグラブに当てている。プロの投手でもできない芸当だ。近藤といえばヘタな守備が代名詞だが、元々は守備の才能もあるのかも知れない。ただ、小学生時代は近藤の球を打てるヤツなどいなかったので、守備をする機会がなく、守備の上達を遅らせていただけかも知れない。

 一死三塁でトップに還って高橋。ここで和合は三塁ランナーを川口から吉川に代えた(キ二一巻八三頁)。勝負を賭けてきたのだろう。二塁が空いていたので、満塁策で高橋を歩かせてきた(キ二一巻八四頁)。スクイズを警戒したのだろうが、これから上位に廻るのに、ちょっと解せない作戦だ。下手をすれば大量失点にも繋がる。
 ここで和合は二番の太田に代えて代打に長尾を送ってきた(キ二一巻八五頁)。スクイズは使わず、長打で一気にケリをつける気だろう。

 その長尾が放った打球はセンターの頭を越え、ワンバウンドでスタンドに入るエンタイトルツーベース(キ二一巻九五頁)。和合が八回に大きな二点を先制した。代打策がまんまと成功したのだ。
 さらに殊勲の長尾にも代走として新藤を送り、一気にたたみかける姿勢を見せた。
 一死二、三塁でバッターは三番の森口。和合は初球スクイズに出るが、イガラシがこれを見抜き(キ二一巻九八頁)、近藤はウエストして三塁ランナー、さらに二塁ランナーまでも刺して、この回は二失点で切り抜けた(キ二一巻一〇二頁)。

 八回裏、墨二の攻撃は五番の近藤から。近藤が叩いた打球はセンターフェンス直撃の長打コース。だが、近藤は白新戦の時のようにホームランだと思って全力疾走せず、シングルヒットに留まった(キ二一巻一一一頁)。
 六番の小室のところでエンドランがかかり、小室のファーストゴロはベースに当たったが、なんとか一塁はアウトになり、一死二塁となった(キ二一巻一一六頁)。

 ヒットエンドランになったのは、近藤がサインを勘違いしたからだった(キ二一巻一一六頁)。間違いを指摘され、「足のおそいワイにエンドランなんておかしいと思ったんや」と思っているが(キ二一巻一一八頁)、このケースでのヒットエンドランは全然おかしくはない。小室がバントをしても足の遅い近藤が二塁で封殺されることは充分に考えられ、普通に打って出ても併殺の可能性が高いから、足の遅い近藤だからこそヒットエンドランは有効だと思える。ただし、一塁ランナーが近藤の時にランエンドヒットはありえない。
 一死二塁でバッターはそれまでの九番から七番に抜擢された松尾。二球目にパスボールで近藤が三塁に進塁した(キ二一巻一二三頁)。

 カウントが2―1となり、和合の意表をついてスリーバントスクイズ。これが決まって墨二は一点を返し、さらに相手のミスを誘って一死二塁と同点のチャンスを掴んだ(キ二一巻一三三頁)。和合もまさか、三塁ランナーが鈍足の近藤でスリーバントスクイズを仕掛けるとは夢にも思っていなかっただろう。イガラシの大バクチが成功した。
 ここで和合は守備固めに入った。代走からライトに入った新藤に代えて原田がセカンドに入り、セカンドの奥山がライトに廻った(キ二一巻一三七頁)。新藤の守備に不安があるのなら、この回の守りから原田を起用すればよかったのに。このあたりも一四人ルールによる駆け引きか。

 バッターは八番の佐藤。佐藤が放った打球は一、二塁間へ。しかしこれを代わったばかりの原田が好捕(キ二一巻一四四頁)。野球というのは本当に不思議で、代わった所に打球が飛ぶ。それはともかく二塁から一塁に転送されてアウト(キ二一巻一四五頁)。さらに二塁ランナーの松尾は三塁を廻って一気にホームを突くが、寸前でタッチアウト(キ二一巻一四六頁)。中川からは意表をつかないと点が取れないと思っていたのだろうか。
 試合は二―一で和合の一点リード、九回の表裏を残すのみとなった。

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