トップ野球少年の郷第76回
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第六章 墨谷高等学校 谷口三年生編(プレイボール 一九〜二二巻)

 ※墨谷高×谷原高(練習試合)球場=谷原高グラウンド

 墨谷 000 050 000=5
 谷原 000 043 66X=19
  勝=村井 負=谷口 本=佐々木(谷口)

 墨高は春の選抜出場校で第一シードの谷原に練習試合を申し込まれた。

 谷原は序盤戦、補欠中心のメンバーで戦うが、墨高は五回に一挙五点を奪い、試合を有利に進めた。
 五回表の途中、谷原の監督は練習試合ということでルールに捉われずメンバー総入れ替えを谷口に申し出た。谷口はこの申し出を快く受け入れた。
 全員がレギュラーになった谷原はさすがに強く、谷口のフォークすら通用しないほどで、あっという間に逆転された。
 終わってみれば五―一九の大敗を喫した谷口は、甲子園へのあまりにも厚い壁を痛感した。
 しかし、谷口にとっての最後の夏へ、甲子園を目指し墨高ナインは再び走り出した。

 〈検証〉谷原との練習試合―夏の甲子園への道―

 墨高の一年生のレベルの高さはたちまち他校にも噂が拡がった(プ二二巻二六頁)。そんな噂を聞きつけたのか、第一シード校の谷原が練習試合を申し込んできた(プ二二巻三〇頁)。この谷原は春の選抜出場校でもある(プ二二巻一一六頁)。普通なら「第一シード校」よりも「選抜出場校」の方が真っ先に来るのだが、横井は「選抜出場校」のことは言わずに「第一シード校」のみを言っている。

 谷原がどこの都道府県の高校かは明言されていないが、倉橋が「夏の大会に向けての偵察試合」と分析していることから(プ二二巻三一頁)、おそらく東京の高校だろう。ちなみに、第一章で書いた実在する高野台球場の近く、練馬区に「谷原」という地名がある。おそらくここに存在する高校だろう。
 練習試合は墨高の先攻で始まった。しかし、谷原はエースの村井を先発させず(プ二二巻五九頁)、キャプテンで捕手の佐々木は球審を務めた(プ二二巻六〇頁)。墨高の練習を見て噂ほどではないと感じた谷原は(プ二二巻一〇四頁)、補欠中心のメンバーで挑んできたのである。自分から練習試合を申し込んでおいて、ちょっと失礼な話だ。もっとも、前年の城東よりはマシであるが。
 墨高は谷原の先発・野田の立ち上がりを攻め、一番の丸井がライト前ヒット(プ二二巻六九頁)、二番の横井の時にすかさず盗塁を決めた(プ二二巻七四頁)。昨秋は五番を打っていた横井だが(プ二〇巻八五頁)、この年は二番打者になったのだろうか。ちなみにこの試合では、長打力はさほどあるとは思えない島田が五番を打っている(プ二二巻一一七頁)。

 横井はサードゴロに倒れて一死二塁(プ二二巻七六頁)、三番の倉橋が打った打球はピッチャー返し、あわやセンター前に抜けるかと思われたが、セカンドがダイレクトキャッチ。二塁ランナーの丸井が戻れず、ダブルプレーとなった(プ二二巻八二頁)。ちなみにこのセカンドの背番号は4なので、おそらくレギュラーだろう。
 〇―〇で進んだ五回表の墨高の攻撃、ヒットで出た八番の戸室を九番の半田が確実に送って一死二塁(プ二二巻一〇五頁)、丸井がレフト前ヒットで一死一、三塁と先制のチャンスを迎えた(プ二二巻一〇七頁)。

 この頃、谷原の監督が遅れて登場(プ二二巻一〇三頁)。朝一〇時の約束だったのに、墨高が九時二〇分くらいに来たので(プ二二巻五一頁)、試合開始が早まったのだ。もっとも、墨高が早く来たのは相手に対する礼儀でもあったのだろうが、早朝練習後の昼寝をしていた谷原にとっては(プ二二巻五六頁)、少々迷惑だったようだ。
 ここで二番の横井がスクイズ(プ二二巻一一〇頁)。一年生に攻め方を教えるという意図もあったようだが(プ二二巻一〇九頁)、これが見事に決まって墨高が先制点を挙げ、さらに野選となって横井も一塁に生きた。
 一死一、二塁で三番の倉橋は三塁線を破る二塁打(プ二二巻一一四頁)。丸井が還って二点目、さらに一死二、三塁とチャンスは続いた。
 四番の谷口を迎えたところで、谷原はバッテリーをそっくり入れ替えた(プ二二巻一一六頁)。ピッチャーはもちろん本格派左腕のエースの村井、キャッチャーはキャプテンの佐々木だ。村井と専修館の百瀬とではどちらが上だろうか。

 谷口はノーサインで三塁ランナーの横井にスタートを命じ、スクイズ(プ二二巻一一九頁)。これがサードの悪送球を誘い、さらに二点を追加した(プ二二巻一二〇頁)。
 守備が乱れ、墨高の一方的な展開になったため谷原の監督はメンバー総入れ替えを谷口に打診した(プ二二巻一二二頁)。もちろん練習試合なので人数制限はなく、谷口は快く許可した。谷口にとっても、墨高が甲子園で活躍した連中と試合できることは大歓迎だっただろう。
 一死二塁で五番の島田はファースト後ろへのフライで2アウト(プ二二巻一二九頁)。
 六番の松川のところで、代打にイガラシを起用(プ二二巻一三三頁)。谷原の監督が見たがっていた噂の墨高一年生たちだ。「よくみとけ一年生。村井を相手にまわしているのも同じ一年生だぞ」と谷原の監督が言っているところから(プ二二巻一三四頁)、谷原の監督は村井に挑む墨高の一年生を谷原の一年生部員に見せたかったので、この練習試合を組んだのかも知れない。なお、なぜイガラシが一年生だと谷原の監督にわかったのかといえば、背番号が無かったからだ。
 二死二塁からイガラシが放った打球は一塁線へ。これがベースに当たるラッキーなヒットになり(プ二二巻一三七頁)、イガラシは二塁を欲張ってアウトになったが(プ二二巻一三八頁)、谷口はその前に生還していたので墨高は五点目を取ってこの回の攻撃を終えた。なんとイガラシは一年生ながら、甲子園投手相手に初打席で打点付きのヒットを打ったのだ。運もさることながら、イガラシの天才ぶりが窺える打席だった。

 五回裏、墨高は代打したイガラシがそのままは入りショート、ショートの横井がサード、ライトの半田に代わって松本、レフトの戸室に代わって井口が入りセンター、センターの島田がレフトに入った(プ二二巻一四〇頁)。いよいよ一年生を大量投入してきた。
 攻撃前、谷原は円陣を組み、「墨谷を徹底的にたたけ!」と監督が指示した(プ二二巻一四二頁)。五回表に墨高が取った五点のうち、三点はエースの村井に代わってから、さらにそのうちの一点はレギュラーと総入れ替えしてからのものだった。そんな事実を墨高ナインが忘れてしまうほど、墨高を圧倒しろ、というわけだ。ただし、正確には村井の自責点はゼロだ。


 監督の指示通り、谷原は墨高を、そして谷口を叩きのめした。一年生の時は東実を苦しめた谷口のフォークボールも、谷原打線には通用しなかった(プ二二巻一五六頁)。東実よりも谷原の方が圧倒的に強いと思われる。なにしろこの墨高のメンバーは、昨秋は東実に一―〇で勝ったのだ。それでも谷原相手には点差は開くばかり。終わってみれば一九―五と谷原の圧勝だった(プ二二巻一六一頁)。
 谷原の監督は墨高のことを、五点一挙に取られた時は底知れぬチーム、と感じたようだ(プ二二巻一六二頁)。それであの非情ともいえる墨谷叩き指令を出したのだろう。そして、ずっと先には頭角を現すチーム、とも思っていた(プ二二巻一六三頁)。やはり谷原の監督から見れば、墨高はまだまだ発展途上のチームとしか見えなかったようだ。


 帰りの電車の中、谷口はショックを隠せずにいた。ショックのあまり、ズボンのチャックを全開にしていたほどだ(プ二二巻一六七頁)。
 谷原を通じて知った甲子園出場校の強さ。谷原の監督が言うように、谷口が卒業するまでにあれだけのレベルに追いつくのは不可能に思えただろう。しかも打たれたのは、他ならぬエースたる谷口自身だった。
 墨高ナインは、墨谷駅から河川敷グラウンドまでランニングした。先頭を走る谷口は、ショックと疲れで今にもしゃがみこみたいほどだったが、明日を担う後輩の前では、それは許されないことだった(プ二二巻一七二頁)。
 このショックを乗り越え、墨高は夏の甲子園に向けて再スタートを切った。

 以上で『プレイボール』は終了した。

 ちばあきお先生は連載打ち切りの理由を「ドクターストップ」とし、体力が回復したら、『続プレイボール』で墨高を甲子園の晴れ舞台で活躍させたい、と語っていた。しかし、氏がお亡くなりになった今、それは永遠に叶わぬ夢となった。

 ただ、ちばあきお先生がそう考えていたのなら、谷口三年の夏は、墨高が念願の甲子園出場を果たしていたことになる。谷原にこれだけの大敗をして、本当に甲子園出場の可能性があるのだろうか。その点を検証してみよう。
 まず、前年の秋季東京大会でベスト8に残っているという点だ。各都道府県の準々決勝進出校は、いずれも甲子園に出場する力がある、とみていいだろう。野球という競技は非常に番狂わせが起きやすいのだ。したがって下馬評の低かった高校があれよあれよと勝ち進むケースも少なくないのである。しかも、夏の大会は一発勝負だ。優勝候補のチームが足元を救われることも決して珍しくはない。

 そして、第二章でも触れたが、この『プレイボール』の時期は、ちょうど夏の東京大会が二つに分かれた頃だ。谷口が三年の大会では、東京大会が東西に分かれる可能性が高い。一つの大会が二つになるということは、東京大会でベスト8だったチームはベスト4に匹敵するということだ。ベスト4なら甲子園圏内だ。また、乱暴な解釈をすると、墨高は地区で四番目以内の強豪ともいえる。

 さらに、墨高があるのが墨田区だとすると、墨高は東東京大会に所属することになる。そしてこの年、東京での最強チームと思われる谷原が練馬区にあるとすると、谷原は西東京大会所属となるのだ。つまり、地方大会で墨高が谷原と戦うことはない。となると、谷原が墨高に対して行った「偵察試合」はムダになるが……。
 また、この夏の墨高はシード校だ。一、二回戦は不戦勝で、さらに東西に分かれると、一試合減ることになる。つまり、東京大会で優勝するには一回戦からフル出場で八試合必要だったのが、東西に分かれたことによって七試合になり、さらにシード校特権で二試合免除されるのだから、甲子園に出場するには五回勝てばいいのである。

 前年はノーシードだったためフル出場だったが、それでも準々決勝に進出している。準々決勝に進出するには五勝必要だった。つまり、墨高は前年既にその条件をクリアしているのだ。

 さらに、前年は準々決勝で力尽きたのは、選手層の薄さが原因で体力が残っていなかったからである。しかしこの年は、ピッチャーは前年の谷口と松川に加え、井口と片瀬がいる。試合数が減り、投手陣が充実したのだから、スタミナ切れで敗退することはなくなるだろう。
 谷口が三年の夏、もし墨高が甲子園に出場していれば、どんな活躍を見せるのだろうか。

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