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第七章 墨谷第二中学校 近藤キャプテン編(キャプテン 二二〜二六巻)

@墨谷二中×南ヶ浜中(選抜大会一回戦)球場=高野台球場

 南ヶ浜 000 000 001=1
 墨谷二 000 000 002=2
  勝=近藤 負=新浜

 春の選抜一回戦、墨二は南国から初出場の南ヶ浜と対戦した。

 カーブを覚えた近藤と、南ヶ浜の変化球左腕、新浜との投手戦になり、〇―〇で九回を迎えた。

 九回表、南ヶ浜は一死三塁から代打の杉村がスリーバントスクイズで先制点を挙げた。
 九回裏、一点ビハインドの墨二は二死一、二塁と最後のチャンス。ここで五番の佐藤に代わって代打は一年生の佐々木。佐々木はライトオーバーの長打で二者が還り、劇的な逆転サヨナラ勝ちとなった。

 〈検証〉キャプテン近藤の初采配

 墨二は春の選抜第一戦を迎えようとしていた。墨二ナインは近藤の父親が運転するマイクロバスで高野台球場を目指した(キ二四巻一三頁)。前年まで墨二ナインは高野台球場へ行くのに路線バスを利用していたが、満員だと座れないし、時刻表に合わさなければならなかったから、さぞかし不便だったことだろう。それなら近藤の父親も気を利かせてマイクロバスを出してやったら良かったのにと思うのだが、それまでのキャプテン(イガラシや丸井)が気を遣って頼めなかったのかも知れない。しかし、近藤がキャプテンになったのだから、我が父に遠慮は無用だ。近藤の父親も倅のために仕事をおっぽり出して(キ二四巻一一頁)、墨二ナインの送迎と試合観戦をした。

 マイクロバスの中で、近藤の父親はナインの士気を鼓舞するために、校歌でも歌ったらどうか、と近藤に提案した(キ二四巻一三頁)。しかしナインは母校の校歌すらまともに歌えないという体たらくだった(キ二四巻一四頁)。墨二野球部員には愛校心というものが無いのだろうか。墨二の校歌なんて『キャプテン』ファンなら誰でも知っているだろう(メロディはわからないが)。ちなみに、墨二ナインが全員知っている曲は、ピンク・レディの「UFO」だった(キ二四巻一五頁)。

 一回戦の相手は南国からの初出場・南ヶ浜だった。南国といっても、どこの県かはわからない。高知県には南国市というところがあるが、南ヶ浜ナインに土佐訛りは無い。また、テレビのアナウンサーは「名だたる南国の激戦区を勝ち抜いた南ヶ浜中」と言っている(キ二四巻二七頁)。つまり、南ヶ浜が所属している地区には、春の選抜に繋がる公式戦があるということだ。選抜大会の選考方法は地区によって違うのかも知れない。もちろん、今大会の墨二は選抜に繋がる公式戦は行っていない。

 試合は南ヶ浜の先攻で始まった。墨二の先発はもちろん近藤。

 初回、近藤はカーブを混ぜた投球で南ヶ浜を三人で退けた(キ二四巻五二頁)。南ヶ浜は重いストレートよりも軽いカーブを狙っていたが、近藤はそれを承知で打たせて取った。その理由は、変化球を打たせれば野手も動いて身体もほぐれる、というものだった(キ二四巻四九頁)。

 かつては一イニングに三振を一つも取れなければショックを受けていた近藤が(キ八巻九六頁)、こんなことを考えることができるようになったなんて、凄い成長ぶりだ。チームの将として自覚を持っている証拠だろう。テレビのアナウンサーと解説者の杉浦も「うまく打たされたって感じですね……」「ええ、さすが近藤くんですね」と、近藤の打たせて取るピッチングを絶賛している(キ二四巻五四頁)。近藤に小さくまとまってもらいたくはないが、これは小手先の技術を覚えたというより、近藤の人間的な成長だろう。

 一回裏、墨二は南ヶ浜の左腕変化球投手・新浜に一番の慎二、二番の松尾が打ち取られて2アウト(キ二四巻七五頁)。
 三番の牧野はいい当たりのファールを重ねた挙げ句に、南ヶ浜バッテリーはなんと敬遠(キ二四巻八六頁)。2―1と追い込んで、次は一発がある近藤なのに、なぜ敬遠するのかが全くわからない。
 四番・近藤の打席で牧野の盗塁が決まって二死二塁と先制のチャンスを迎えた(キ二四巻九一頁)。完全に外されているのに盗塁を決めるとは、キャッチャーらしからぬ俊足ぶりだ。もっとも牧野は、前年はレフトを守っていて、しかも二番打者だったのだから(練習時はトップバッター扱いだったこともある)、足はあるのだろう。ちなみにイガラシには名前を「井口」と間違われていたことがあった(キ一一巻二四頁)。イガラシは自分の同級生(江田川の井口)の面影を牧野に重ね合わせていたのだろうか。

 近藤が打った当たりはあわやホームランのセンターフライ(キ二四巻九七頁)。墨二は惜しいチャンスを逃したが、やはり軽率な敬遠はするべきではないだろう。一つ間違えていたら、南ヶ浜はいきなり二点を先制されていたのだ。近藤を相手に二点のビハインドはきつい。

 近藤と新浜の投手戦が続き、両チーム無得点で遂に九回表裏を残すのみになった。
 九回表、南ヶ浜の七番打者・田村をファーストゴロに打ち取った。このとき、近藤はファーストベースカバーをそつなくこなしている(キ二四巻一〇五頁)。いらぬベースカバーで一回戦敗退の原因を作った二年前の選抜からは(キ六巻一六七頁)、この点でも随分成長している。

 しかし一死無走者から代打の白井にレフト前ヒットを打たれ(キ二四巻一一二頁)、その白井に代わる代走が臼井、さらに代打に杉村を送り、南ヶ浜は勝負を賭けてきた(キ二四巻一一三頁)。
 俊足の臼井はピッチドアウトされたにもかかわらず二盗を決め(キ二四巻一一七頁)、さらに三盗まで決めた(キ二四巻一一九頁)。

 ここで近藤と牧野のバッテリーの間に亀裂が走った。近藤はランナーが走ったために急に外したが、牧野は捕るのが精一杯で送球できなかったのだ(キ二四巻一二一頁)。なにしろ牧野は急造キャッチャーだったのである。

 そして、杉村にはスリーバントスクイズを決められて先制点を許し、さらに牧野の一塁送球の指示を近藤が無視して、野選になって打者走者を一塁に活かしてしまったのだ(キ二四巻一二五頁)。
 これには短気な牧野がソッポを向いてしまった(キ二四巻一二七頁)。キャッチャーになって細かな目配りができるようになっていた牧野だったが(キ二三巻一二一頁)、短気さは相変わらずだったのである。

 そんな牧野に釘を刺す人物がいた。そう、OBの丸井である。丸井はいつの間にかスタンドにいた(キ二四巻一三二頁)。墨谷高に編入したのに、まだ応援に来る時間があるのだろうか。谷口がキャプテンの墨谷高で、そうそう休みなど無いと思われるのだが。

 丸井は牧野に、ナインを鼓舞しろ、とアドバイスした(キ二四巻一三三頁)。ただ、ここで丸井がピッチャーの近藤を説教せずに、キャッチャーの牧野を呼んだのは正解だったといえる。守りの要はやはりキャッチャーなのだ。

 一死一塁で次打者をサードゴロダブルプレーに取った墨二は(キ二四巻一四二頁)、最後の攻撃を迎えた。
 先頭打者は一番・慎二はショートゴロに倒れた(キ二四巻一五四頁)。しかし、ショートゴロを「サード」と間違えて指示した新浜を見て(キ二四巻一五三頁)、丸井は南ヶ浜が相当堅くなっていると読んで、二番の松尾にセーフティバントを指示した(キ二四巻一五五頁)。

 丸井の思惑通り、松尾のセーフティバントが見事に決まって一死一塁となった(キ二四巻一五九頁)。
 ここで丸井は牧野に送りバントを指令する。しかも今後は丸井自身がサインを出すと言うのだ(キ二四巻一六一頁)。丸井はいつ、墨二のサインを知ったのだろう?いずれにしても、どう考えても越権行為だ。しかも九回裏、一点ビハインドで一死一塁から三番打者に送りバントとは、かなり消極的な作戦だ。

 でも、牧野の送りバントが決まって二死二塁(キ二四巻一六四頁)。ここで四番の近藤だが、南ヶ浜バッテリーは近藤を敬遠した(キ二四巻一六六頁)。近藤はサヨナラのランナーになるが、近藤は当たっていたようだし、五番の佐藤は左打者で、しかも当たっていなかったのだから、ここでの敬遠策は仕方がないだろう。

 二死一、二塁でバッターは佐藤。タイミングが合わず、一球目にバックネットへのファールを打った佐藤に代えて、近藤は佐々木(JOY)を代打に出すことを思い付く(キ二四巻一七一頁)。ナインは賛成するが、佐々木の実力を知らない丸井は反対した(キ二四巻一七二頁)。試合経験の無い者を大事な場面で起用するなんてバクチができるか、ということだ(キ二四巻一七二頁)。しかし丸井も、誰の調子がいいか悪いかもわからずに勝手にサインを出したり、あまりにも横暴すぎる。まるで「俺に監督をやらせろ!」と野球中継を観て怒鳴っている、呑み屋のオッサンのようなものだ。

 結局、近藤の一存によって代打に佐々木を起用した(キ二四巻一七三頁)。この決断力と責任の取り方は立派なものだと言える。

 右打席に立った佐々木はカウント2―1と追い込まれたが、次のシュートを叩いた打球はライトオーバーの長打になった(キ二四巻一八五頁)。二塁ランナーの松尾が還り同点(キ二四巻一八六頁)、さらに一塁ランナーの近藤までがホームに突っ込んだ。完全にアウトのタイミングだったが(キ二四巻一八七頁)、近藤はキャッチャーと激突し、キャッチャーがボールをこぼした隙にホームを踏み、墨二のサヨナラ勝ちとなった(キ二四巻一八八頁)。
 丸井は「ひでえ勝ちかた!」と評したが(キ二四巻一八八頁)、それはともかく墨二は選抜一回戦を突破した。

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