トップ野球少年の郷第82回
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第七章 墨谷第二中学校 近藤キャプテン編(キャプテン 二二〜二六巻)

〈検証〉近藤にとって最後の夏、そして後を受け継ぐ後輩へ

 準々決勝で富戸に敗れた墨二とOBの丸井は、近藤の父親が運転するマイクロバスで墨二に戻ってきた。近藤の父親は気を利かせてピンク・レディの「カメレオン・アーミー」のカセットテープを流した(キ二六巻一四三頁)。しかしそれは、その場の雰囲気に馴染まないものだった(キ二六巻一四四頁)。

 一回戦の南ヶ浜戦に行く時、マイクロバスの中で墨二ナインが歌っていたのは、やはりピンク・レディの「UFO」だった(キ二四巻一五頁)。「UFO」が発売されたのが一九七七年の一二月五日、「カメレオン・アーミー」が発売されたのが、なんとちょうど一年後の一九七八年一二月五日である。一回戦と準々決勝の間の僅か数日間で、ピンク・レディのヒット曲が一年分変わっていたのだ。もっとも、第二章で書いたように谷口が高校二年時の夏の大会が「第五七回大会」だとすれば、その時点で近藤の代がピンク・レディを歌っていること自体、タイムラグがあるのだが。

 学校に戻ってミーティングを行った墨二は、退場処分を食らった近藤に対して、ランニングを延々とさせる罰を丸井は課した(キ二六巻一四六頁)。丸井はここでもミーティングに参加している。まあ、イガラシ時代にもミーティングには参加していたが、それでもイガラシの方針に口は出さなかった。一方、近藤は丸井に後輩の前で恥をかかされっぱなしだ(キ二六巻一四七頁)。

 ただし、丸井は新入生を育てた近藤の手腕は認めていた(キ二六巻一四八頁)。準々決勝で一年生たちが活躍するのを見て驚いたのだろう。ただ、大まかな力量は認めても、緻密な野球ができていないと指摘した(キ二六巻一四八頁)。

 その時、丸井は佐藤から、近藤が父親と相談して作成した「墨谷二中野球部、練習計画ノート」なる物を見せられた(キ二六巻一五〇頁)。そしてこの練習計画が実を結ぶのは来年だと近藤の父親が考えていると聞いて、丸井は驚いた(キ二六頁一五二頁)。来年ということは、近藤をはじめ三年生は既にいない。しかし、墨二がより強くなる計画であり、三年生たちもこの方針に賛成していた。

 近藤は自分のことよりも、後を引き継ぐ後輩を優先したのだ。なんと素晴らしいキャプテンだろう。そして、この近藤の考え方に賛同した牧野、佐藤、曽根らの三年生も立派だ。
 丸井は「おれがノコノコでてきて口だしする心配もなくなったようだぜ」と言っているが(キ二六巻一五五頁)、元々そんな心配はなかったのかも知れない。

 しかし、近藤は自分自身の最後の夏を諦めたわけではない。
 墨二ナインは再び夏に向かって走り出した。

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