トップオフサイドライン第4回
    



「お久しぶり、信也くん」
「ああ、一年ぶりかな?」
「全然変わってないね」
「ああ……。お前はずいぶん変わったな」
「そう?色っぽくなった?」
「……バカ言え」
 と言いながら、野島は色っぽくなった珠美を見て動揺していた。女は社会に出るとこうも変わるのか。元々自分より3cmも背が高いうえに、ここまで大人っぽくなってしまったら、自分がますます子供っぽく見られるじゃないか。
「ちょっとは心配?会社の男に言い寄られてるんじゃないか、とか」
「……そんな心配するかよ」
「また意地を張っちゃって。いつまでたっても子供なんだから」
「うるせえよ。お前に言い寄る男なんかいるもんか」
「じゃあ、信也くんは相当おかしいんだ」
「……」
 完全に野島の負けである。野島が珠美に口で勝てるわけがない。
「信也くんはどう?滋賀で彼女でもできた?」
「……もちろん。向こうでは東京の男はモテモテだよ」
「ウソツキ!信也くんがそんなにモテるわけないじゃない」
「じゃあ、お前は相当おかしいんだな」
「そっ。私の趣味はヘンだから、絶対に浮気しない、っていうか、したくてもできないようなモテない男を選ぶの」
 またしても野島の負けである。
「東京ではモテないように見えても、滋賀ではナウいシティボーイなんだよ!」
「ぜーんぜん笑えないヘンな死語を使っちゃって。滋賀ではそんなギャグが流行ってるの?どうせ滋賀では琵琶湖でナマズを釣るぐらいしかやることがないんでしょ」
「……お前はさ、なんでそう発想が貧困なの?」
 そう、珠美にとって滋賀県とは琵琶湖以外になんのイメージも湧かないのである。
「ところで、トップリーグには昇格した?」
「なんでそんなイヤミを言うんだよ。メールで報告しただろ。トップウエストの上位に食い込んでなんとか入れ替え戦に出場したけど、残念ながら負けて昇格はできなかった」
「ふーん、やっぱり信也くんのせいで負けたんだ」
「冗談じゃないよ!俺は入れ替え戦で二つもトライを獲ったんだぜ」
 この珠美の言葉にはさすがに野島も怒った。近江工業は野島の活躍のおかげで善戦したが、あと一歩及ばすにトップリーグ入りを逃したのだった。
「そうじゃないの。信也くんって、いつでも巡り合わせが悪いでしょ?大学のときだって、高校でもそうだったって言ってたじゃない」

 たしかに珠美の言うとおりだった。野島のラグビー人生は、いつでも巡り合わせが悪い。
 前にも書いたように、野島が大学三年のときに関経大が対抗戦Aグループに昇格し、しかも大学選手権に進出したが、レギュラーになった四年のときは大学選手権に出場できなかった。それだけでなく、野島が卒業したこの年のチームは大学選手権に出場し、なんと準決勝まで進出して国立競技場の大舞台を踏んだのだ。大学選手権で準決勝に進出すれば、正月にNHK総合テレビで全国生中継される。野島は全国に売り出すチャンスを失ったわけだ。
 高校のときもそうだ。
 野島は東京の名門校でプレーしたが、在学中は花園出場には恵まれず、卒業した途端に野島の母校は全国制覇を成し遂げた。
 これは決して野島のせいではないのだが、野島がプレーしたチームはなぜか勲章から遠ざかる。

「それって要するに、俺が疫病神だって言いたいのか?俺がいる限り、そのチームは勝てないって」
「そういうこと。信也くんはそういう星の下に生まれてきたんだから。近江工業なんかさっさと辞めて東京に帰ってきなさい。第一、近江工業にとっても迷惑よ。信也くんがいる限り、トップリーグに昇格なんかできないんだから。だからきっと、信也くんに日本代表の力があったとしても、絶対に選ばれないわよ。ヘンな力が働いて、惜しいところで選出漏れ、ってなるに決まってるんだから」
「……そんなに、俺に東京へ帰ってきて欲しいのか?俺のそばにいたいのか?」
 野島の精一杯の反撃だった。だが、野島にも思い当たるフシはあった。
 たしかに自分が絡んだチームにはロクなことがない。ラグビーの神様というのが存在するのならば、俺は疫病神ではないのか、と。
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