トップオフサイドライン第6回 



「トップリーグ昇格、おめでとう」
「ああ。これで俺が疫病神じゃないってことがわかっただろう」
「疫病神って、なんのこと?」
「お前が去年ここで、俺が疫病神だから近江工業はトップリーグに昇格できない、って言ってたじゃないか」
「そんなこと言ったっけ?全然憶えてない」
 ……まったくこの女は、人が気にしていることをサラッと言っておいて、そのことを全然憶えていないとは。
「ちょっとは自分の言った言葉に責任を持てよ。結構気にしてたんやから」
「ごめんごめん。じゃあ今日は、そのお詫びと、トップリーグ昇格のお祝いに、私がおごってあげる」
「いや、そこまで無理せんでもええよ」
「ふふっ」
「なにがおかしいんだ?」
「信也くん、話し方が関西弁混じりになってきた」
「そ、そうか?」

 珠美の指摘は当たっていた。近江工業ではラグビー部はもちろん、職場でも関西弁が公用語だ。タメ口はもちろん、ラグビー部のミーティングや社内会議だって、全て関西弁になる。特に違うのがアクセントだ。自分では普通に標準語を喋っているのに、関西人には笑われてしまう。最初のうちは馴染めずにずいぶん悩んだ。俺のほうが社会人として正しい標準語を喋っているのであって、おかしいのはお前らだろうが……。
 だが、慣れとは恐ろしいもので、周りが関西弁ばかりだとそれに順応し、自分でも気付かないうちに関西弁のアクセントになってきたようだ。

「でも、信也くんも大人っぽくなったね。去年に会ったときは全然変わらない印象だったけれど、やっぱり社会に揉まれたのかな?」
「そりゃ俺だって、成長はするさ」
「てゆーか、大人っぽくなったというより、関西弁が混じってオッサン臭くなったのかな」
 相変わらず、一言多い女だ。
「でもさ、毎日が大変だよ。ラグビーだけでなく仕事はちゃんとしなくちゃならないし。大学のときみたいに毎日練習があるわけではなく、練習日じゃないときは残業もある。週三日の練習日だって、定時まで仕事があるんだぜ。チームにはプロ契約をしている選手もいないし、トップリーグに昇格するのは大変なんだ」
「そんなんで日本代表になることができるの?」
 珠美は相変わらず耳の痛いことを言ってくる。
「でも逆に、大学時代に比べて、自分で考えて練習するようになったな。ウチの会社は練習グラウンドとナイター設備には恵まれているし、ウエートトレーニング設備には事欠かない。全体練習が無い日だって、個人練習ができるんだ」
 珠美は、野島が大人っぽくなった理由をなんとなく理解できた。おそらく右も左もわからなかったであろう社会人一年目と違って、二年目の野島は自分で考えて行動できるように成長したのだ。
 前年は自分のほうが大人になったつもりでいた珠美が、野島に追い越されたような気分になった。
「……そんな大人になった信也くんに、私がおごるのはおこがましいかな。やっぱり信也くんがおごって」
「そんな身勝手な論理があるか!武士に二言はないぞ!」
「私、武士じゃないし。それにさっき、無理せんでええよ、ってヘンな関西弁で言ってくれたじゃない」
「そりゃそうだけどさあ……。まあ、トップリーグに昇格したんだから、上京する機会も増えるし、そのときにおごってやるよ。だから今日はお前がおごれ」
「偉そうに言わないでよ!……でもそうね、私が言い出したんだし。ここは私がおごるわ。信也くんがプロ契約でもしたら、ミシュランに紹介された東京の高級店でおごらせるから」

 プロ契約、という言葉に野島はドキッとした。トップリーグ昇格に伴って、近江工業にもプロ契約選手を雇う機運が盛り上がっている。実際に、トップリーグに昇格した来シーズンから外国人選手をプロ契約選手として雇った。
 でも自分が、プロ契約をしようと会社から言われたら、それを受けることができるのだろうか……?

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