トップ野球少年の郷第33回
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第三章 墨谷第二中学校 丸井キャプテン編(キャプテン 五〜九巻)−4

〈検証〉新戦力・近藤

 墨二野球部に怪物一年生が入部してきた。小学生時代から投手をしていた近藤である(キ六巻四二頁)。
 一年生ながら体格はどの上級生よりもでかい。そして実力も凄い。

 バッティングではアッサリとオーバーフェンスしてしまう。その打球も、ピッチャーライナーかと思うような低い弾道でそのままフェンスを越えるのだ(キ六巻三三頁)。全盛期の中西太クラスだろう。ただし、変化球は全く打てない(キ六巻三七頁)。しかし、これは仕方がないだろう。小学生の野球では肩や肘の悪影響を考えて、変化球を禁じることが多い。近藤も変化球を打ったことがなかったのではないか。
 さらに、バッティングよりも凄いのがピッチングだ。墨二のグラウンドの広さはわからないが、なんとセンターからホームへキャッチャーが飛ばされてしまうような送球をするのだ(キ六巻四一頁)。これはもう、イチローのレーザービームどころではない。こんな球をマウンドから投げたらどうなるのか?マウンドから投げられた近藤の球は、受けたキャッチャーがバックネットまで飛ばされてしまうというマンガみたいな(まあ、マンガだが)ことになった(キ六巻四六頁)。

 この近藤の度肝を抜く実力を見せ付けられて、かわいそうだったのが一年生のメガネ君。選抜に向けて一年生をテストしたが、一次の守備テストで合格したのは僅か二名(キ六巻二四頁)。ちなみに、近藤は守備テストで既に落とされていた。そしてバッティングテストでも変化球すらシャープな振りで見事に打ち分けて、ただ一人合格した(キ六巻三〇頁)。さらに遠投のテストでもセンターから山なりとはいえホームまでノーバウンドで返球して、丸井の好感触を得ていた(キ六巻三八頁)。しかし近藤の凄まじいバックホームを見せ付けられて、丸井はもうこのメガネ君には「あ、もういい」と興味を失ったようだ(キ六巻四三頁)。メガネ君はショックだったのか、以降一度も登場していない。あれだけの逸材だったのに。

 しかし、近藤のような大器を丸井はトコトン嫌った。近藤のあまりにも自惚れた性格ゆえだ。でもイガラシが指摘しているように、これだけの実力があれば、ついこの前まで小学生だった近藤が天狗にならない方がおかしい(キ六巻六四頁)。しかも、投手の性格はお山の大将でちょうどいい。だが丸井も中学三年生になったばかり。傲慢な一年生を容認するには若すぎた。結局、近藤の教育係はイガラシが担当することになった(キ六巻六五頁)。

 この近藤、よく知られているように関西出身である(キ六巻二一頁)。近藤が入学した年は前年度全国制覇ということで、墨二は越境入学者が多発したそうだが(キ五巻一五七頁)、近藤はどうなのかはわからない。果たして墨二野球部に入りたくて上京してきたのか、たまたま家族の事情で上京したのか。近藤の父は「近藤モータース」という自動車整備工場の社長をしているが(キ二四巻八頁)、息子のためというよりは、より儲かる東京で事業展開をしようとしていたと見る方が自然ではないか。この父・近藤茂太はノンプロ(社会人野球)で鳴らしたほど野球のことは熟知しており、全国優勝の墨二に入学させたいと思っていたとも考えられなくはないが、だからといってわざわざ上京するとは思えない。関西はボーイズリーグという硬式少年野球が盛んで、いわゆる野球パパならそちらのチームに入れたがるはずだ。

 なお、近藤が関西のどこの出身かはわからない。近藤は返事をするとき「はいな」と答えているが(キ六巻二〇頁)、今の関西人でこんな返事をする人はほとんどいない。かつて花紀京さんが吉本新喜劇で「はいな」と言っていたが、こんな言葉を使うのはよほどの年配の方だろう。また、近藤は自分のことを「ワイ」と言うが、大阪に長年住んでいる筆者が、自分のことを「ワイ」と言う関西人には一度も会ったことがない。ちなみに、『ドカベン』に登場する岩鬼も、自分のことを「ワイ」と呼んでいる。この岩鬼は終始大阪弁を喋っているが、大阪とは何の縁もなく、神奈川生まれの神奈川育ちである。岩鬼の教育係だったお手伝いさんのおつるの影響で大阪弁を喋るようになっただけだ。

 ただし、自分のことを「ワシ」と呼ぶ関西人は多い。若い人には少ないが。大阪弁のマンガとして有名な『じゃりン子チエ(はるき悦巳・作)』では、テツやお好み焼き屋のオッサンは、自分のことを「ワシ」と呼んでいるが、「ワイ」と呼ぶ人物は登場しない。ちなみに、テツの同級生である巡査のミツルは自分のことを「オレ」と呼んでいる。
 このあたりは関西人以外の人が誤解している部分かも知れない。ただ、近藤の「はいな」「ワイ」発言以外は、ほぼ完璧な関西弁を喋っている。これは関西には縁もゆかりもない作家が書いた作品としては珍しい。そう言えばちばあきお先生の兄・ちばてつや先生が描いた『あしたのジョー』に登場するマンモス西もほぼ完璧な関西弁を喋っていた。さすがは一流漫画家兄弟だ。
 関西弁でも京都、大阪、神戸ではちょっと違うが、近藤が話している言葉は大阪弁に近いと思える。大阪の中でも摂津弁、河内弁、和泉弁で微妙に違うが、最近ではボーダレス化が進んでいる。近藤は大阪出身と認定していいだろう。

 なお、近藤が「アホ」と言うことが極めて少ない。三年生のときに初めて発したくらいだ(キ二六巻九九頁)。また、近藤が小室に「バカ」と言われて本気でムカつくシーンがあるが(キ一四巻九四頁)、これは関西人の特徴だ。関西人は軽い気持ちで「アホ」と言うが、「バカ」とはまず言わない。逆にいうと、言われ慣れていないから「バカ」と言われると本気で腹が立つし、傷つきもするのだ。逆に関西人以外の人が「アホ」と言われると腹が立つらしい。近藤がほとんど「アホ」と言わなかったのも、そのあたりのことを慮ったのかも

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