トップ野球少年の郷第3回
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第一章 墨谷第二中学校 谷口キャプテン編−2

〈検証〉なぜ谷口は青葉学院中学に入学したのか

 谷口ははっきり言って野球が下手だった。

 しかし、そんな谷口がなぜ中学野球の名門中の名門、青葉学院中学に入学しようとしたのであろうか。

 ちなみに青葉学院がどのくらい名門かというと、春の選抜大会三連覇達成、夏の選手権大会も四連覇、ただしルール違反が発覚して三連覇になったが、不正が無ければ春夏四季連続優勝というオバケ学校だったのだ。ちなみに、桑田、清原がいたころのPL学園高校は、甲子園五季連続出場中、春夏通算優勝二回(連覇なし)、準優勝二回、ベスト4一回である。それと比べると、青葉の凄さがわかるだろう。

 さらにその設備も物凄く、野球部寮があり、練習グラウンドはプロ野球公式戦が立派に行えると思われるほどの豪華さ(キ二巻八八頁)。三万人は収容できると推測される立派なスタンドにナイター照明、スコアボードもある。筆者の家の近くにPL学園のグラウンドがあるが、それとは比較にならないほどの豪華な設備だ。はっきり言って、たかが中学の野球部のために、なぜこんな豪華な設備が必要なのだろう。
 話は逸れるが、青葉学院に高等部はあるのだろうか。『キャプテン』にはもちろん『プレイボール』にも青葉学院高等部は登場しない。もっとも、高等部が東京都外にあっても不思議ではないが、少なくとも中等部の卒業生がそのまま高等部に進学するとは限らないようだ。尾崎という投手は陸王高校で甲子園出場しているし(キ四巻六三頁)、墨二のライバル・佐野も卒業後は東都実業高校に進学している。

 『キャプテン』の世界では中学野球も人気があるようだが、それでも高校野球の方が人気があるのは当然で、これらの好選手がなぜ高等部に進まなかったのか(あればの話だが)疑問に残る。学校側にしてみれば宣伝効果の高い高校野球で有名校になりたいのが当然で、それならばなぜみすみす有力選手を他校に渡したのだろう。青葉学院中学野球部といえども所詮は軟式であり、高等部にはリトルシニアリーグなどの硬式出身者が幅を利かせていて、青葉出身だからといって優遇されていないのかもしれない。それにしては中等部に金をかけすぎていると思えるのだが。

 いずれにしても、青葉学院には高等部があると考えた方が自然であろう。中学野球だけの宣伝ではコストがかかりすぎているし、メリットも感じられない。ちなみに、青葉学院出身者からジャイアンツドラフト一位の新巻という選手が誕生している(キ四巻六六頁)。

 話を元に戻すと、谷口とて青葉がとてつもない名門だということは百も承知だったはず。ではなぜ、あの程度の実力で青葉に入ろうとしたのか。
 これは推測だが、谷口は野球に自信があったのではないか。少なくとも、すぐにレギュラーは無理でも三年間一生懸命練習すればレギュラーになれるかも知れないという淡い期待はあったと思われる。墨二に転校したあと、父親相手にバッティング練習をするが、ジャストミートした打球は全てピッチャー返しだった(キ一巻三一頁)。これは一応、基本ができていると考えられ、仲間内ではいちばん野球が上手かったのだろう。そう考えれば、野球の名門校で自分の腕を試したくなるのも納得できる。

 しかし、現実は甘くなかった。青葉ほどの名門なら集まってくるのはお山の大将ばかりで、しかも全国から腕に覚えのある野球少年が集まってくる(キ二巻八六ページ)。谷口程度の選手ならおそらくロクに練習させてもらえなかったのではないだろうか。余談だが、名門高校のベンチにも入れない部員と無名高校のレギュラーなら、無名校の選手の方がずっと野球が上手いそうだ。たとえ無名校でもレギュラーなら試合経験も豊富だが、名門校の補欠部員は、「ウェーイ、ウェーイ」とワケのわからん声を張り上げているだけで、練習すらさせてもらえないから。そう考えると、谷口が墨谷二中に転校した理由もよくわかる。なにしろ青葉ではできなかった野球が、墨二ではプレーできるのだ。それに、二軍の補欠とはいえ、ポジションは一応サードだったという実績(?)もある(キ一巻二四ページ)。

 もうひとつの疑問は、青葉学院中学に入学することを、谷口の両親がどうして許可したかということだ。
 谷口の父親は大工だが、その暮らしぶりはお世辞にも裕福には見えない。墨谷高校でキャプテンをやっていた田所が谷口の家のことを「オヤジが大工ってえからもう少しはましな家かと思ったが……」と言っていたぐらいだ(プ一〇巻四七頁)。

 青葉学院は全国から生徒が集まってくるぐらいだから当然、私立である。入学金や授業料も高くつくだろう。特待生なら授業料免除だろうが、谷口がそうだったとはとても思えない。あと考えられるのが、父親がチチローのような野球パパで、ムリヤリ名門校に入れたケース。しかし谷口が「ま…(とうちゃんは)野球をしらないからムリもないけど」(キ一巻二八頁)と言っているぐらいだから、これも考えにくい。
 やはりいちばん考えられるのが、谷口が青葉に行きたいと駄々をこねて、両親が渋々了承した、というところだろう。なにしろ谷口は一人っ子だ。両親の年齢はわからないが、中学二年の親にしては老けて見える。年を取ってからできた男の子で、しかも一人っ子なら目の中に入れても痛くないほど可愛い存在だったに違いない。谷口が大工になりたいのかどうかはわからないが(というより、その素振りすら見せたことはないが)跡取り息子としてワガママを許されたのかもしれない。

 それだけに、青葉学院から墨谷二中に転校したいと聞かされたときは、両親はホッとするとともに今さらなにを、という複雑な気分だったに違いない。これから授業料は払わなくて済むが、高い入学金を払ったのは一体なんだったのだという思いだろう。最初から公立の墨谷二中(キ一一巻九三頁)に行っていれば全部タダだったのだから。でも最終的には可愛い我が子の二度目のワガママを聞き入れたのだろう。谷口が墨谷二中に転校して、青葉のレギュラーと誤解されたためにショボくれて家に帰ると父親が「こんどの学校でなんかあったのかい?」と優しく声をかけている(キ一巻二七頁)。

 ところで、谷口は青葉学院時代、寮生活をしていたのだろうか。前述のように、青葉学院は全国から選手が集まってくるために野球部寮がある(キ二巻八六頁)。青葉学院野球部が全寮制なのかどうかは定かではないが、そうであったとしても不思議ではない。特に私立の名門運動部なら、全寮制にして集団生活を通して規律を学ばせようとするだろう。もしそうなら、谷口も寮に入らなければならない。

 でも大胆に推理すれば、谷口は寮には入らなかったのではないか。青葉学院中学は東京都内にあるし、谷口の家からは通学可能だろう。基本的には全寮制だったとしても部屋の数に限りがあるので、地方から来て通学できない部員を優先し、あとはいわゆるエリート組が寮に入っていたのではないか。
 そう思う根拠として、もし入寮が条件なら、両親が青葉学院入学を許さなかったと思うのだ。入寮すれば寮費がかさむし、なによりも一人息子を手放すのは断腸の思いだろう。ちなみに、谷口がキャプテンを務めた墨谷二中、墨谷高校いずれでも一度も合宿を行なっていないが、ひょっとして両親が反対していたのかもしれない。

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