トップ野球少年の郷第14回
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第一章 墨谷第二中学校 谷口キャプテン編−13

D墨谷二中×青葉学院中(全国大会決勝)球場=高野台球場

 青葉学院 621 000 000=9
 墨谷二  000 030 034=10
  勝=谷口 負=佐野 本=中野(イガラシ)、丸井(佐野)

 初めての全国大会、しかもいきなりの決勝戦ということで、墨二ナインはコチコチに緊張していた。そのせいで初回からエラーが続出、さらに五番中野の超特大左越え2ランでいきなり六点を奪った。攻撃面でもあがってしまったため予選のときには打っていた佐野の球も全く見えず、凡退を繰り返した。
 三回までに九点も入れられたが徐々に落ち着きを取り戻し、中盤は互角の戦いになった。しかし九点リードがある上に、一年生のイガラシがそろそろ限界にあると見抜いた青葉にはまだ余裕があった。だが、青葉ナイン及び部長の目に飛び込んできたのは、ブルペンで投球練習をする谷口の姿だった。部長は墨二にはイガラシしか投手がいないと思い込んでおり、イザとなればイガラシを潰せばいいと考えていたのだ。

 ブルペンでの谷口を見た佐野は動揺して連打を浴び、丸井の右越え3ランで三点を返し、反撃の狼煙を上げた。
 ところがその直後、墨二にアクシデントが起こった。六回表、谷口がファールフライを追って青葉ベンチに激突、その際に右手人差し指の爪をはがしてしまったのだ。この事故で谷口のリリーフは不可能になり、当初は三、四回ぐらいしか持たないだろうと思われていたイガラシが続投せざるを得なくなった。墨二ナインは一時意気消沈したが、体力の限界を超えても気力で投げ続けるイガラシの姿を見て奮い立ち、八回裏には三点を奪ってその差を三点とし、最終回に望みを繋いだ。

 しかし九回表、なかなか追加点の取れない打線に青葉の部長は、ファール攻めでイガラシを潰せと指示。選手は嫌がったが部長に逆らうことなどできなかった。四番打者のファール攻めにイガラシは遂に力尽き、谷口がリリーフした。中野もファール攻めをしたが、青葉応援団のヤジに動揺し、部長命令に逆らって打って出たが併殺打に倒れ、墨二はピンチを脱した。

 ベンチに帰ってきた谷口は指を触られて悲鳴を上げた。なんと爪をはがしていただけでなく、折れていたのだ。
 三点差を追う九回裏、粘る墨二は二死満塁まで攻めて打者は三番イガラシ。しかし長打を警戒した部長は敬遠を指示。イガラシ、谷口を連続で歩かせて二点を与え、その後を抑えるという作戦だった。イガラシを歩かせて一点を返されたあと、動揺した佐野は本盗を許してしまう。部長はナインを集め、あくまで作戦を遂行させようとするが、明らかに勝負したがっている佐野やナインの姿を見て、勝負を指示。初めて青葉ナインに笑顔が出た。
 佐野はそれまでにない速球を投げ込み、たちまち谷口を追い込むが、2―1からの五球目、気力で打った谷口の打球はバットを折りながらセンター前に落ちた。三塁ランナーが返って同点、さらに二塁ランナーのイガラシが三塁コーチャーの制止を振り切ってホームを突き、見事に生還した。
 無名校・墨二は谷口のキャプテン就任から僅か半年で日本一になった。

 〈検証〉谷口、投手への挑戦

 再戦が決まった墨二×青葉だが、新聞の予想では青葉有利だった(キ四巻五四頁)。写真部は校長からの依頼で青葉の特訓を8ミリに撮ってきた(キ四巻五九頁)。8ミリと言っても現在のような8ミリビデオではなく、スクリーンに映し出す映写機のことだ。

 青葉はOBの総動員で特訓していた。今まででは例のないことらしいが(キ四巻六一頁)、この年以降は恒例になっているらしい(キ一二巻一四六頁)。予選の時とは全く違う姿になっていた青葉を見て墨二ナインは動揺した。中でもいちばん不安だったのは投手のイガラシだった。青葉の強力打線を抑えるのは三、四回が精一杯と考えていた(キ四巻五一頁)。谷口は打たせていけばいいと慰めるが(キ四巻五二頁)、イガラシはそれでは青葉に通用しないと考えていた(キ四巻八一頁)。

 イガラシの言葉を受けて、谷口は独学でピッチング練習を始めた。8ミリで青葉の特訓を見たあと、初めてナインの前でそれを披露した。しかしそれは、とても投手が投げる球ではなかった(キ四巻七八頁)。
 それでも谷口は投げ続けた。夜は御岳神社で(キ四巻八四頁)、昼休みも(キ四巻八七頁)、雨の日でも続けられた(キ四巻九〇頁)。野球部の練習でも、本来の練習はそっちのけでピッチング練習に没頭した(キ四巻九一頁)。その姿を毎朝新聞の記者に見られたとき、丸井は「た……ただの遊びですよ!」とごまかしているが(キ四巻九三頁)、結果的にはこれがよかった。青葉はまさか谷口が投手を務めるとは思っていなかったので、試合ではブルペンでの谷口を見ただけで動揺したからだ(キ四巻一六七頁)。しかしこの記者もよくぞスクープしなかったものだ。本来なら「墨二に秘密兵器!(記事になった時点で「秘密」ではなくなるのだが)」なんて記事を書くのがブン屋根性というものだろう。しかもこの記者は「よゆうがあるんだなあ。(中略)そんな状態じゃないはずだが……」と不思議がっているのだ。この記者の怠慢(?)で「投手・谷口」の機密は守られた。もっとも丸井は機密を守るためにウソをついたのではなく、単に恥ずかしかっただけだったのだが……

 ナインはピッチング練習ばかりする谷口に不満を持っていた。谷口を尊敬する丸井も例外ではない。試合までに谷口が青葉に通用する投手になるとは誰も考えてなかったのだ。練習が終わった後も、谷口はひとりピッチング練習を続けている。暗くなった洗い場で、ボールが的に当たった「コーン」という音を聞いて、丸井がイガラシに、キャプテンに諦めるように言え、と怒鳴った(キ四巻九六頁)。しかしイガラシは、自分にはそんな資格がない、と言った。三、四回しか投げられないなんて弱音を吐いて、青葉の特訓を見ただけでオタオタして。しかしキャプテンは決して諦めない、最後まで捨てない、と。イガラシの言葉にナインも頷くしかなかった(キ四巻九九頁)。
 このことがきっかけでナインは再び一丸となった。この光景を見て松下は「谷口さんって不思議な人だ」と呟いている(キ四巻一〇一頁)

 そして谷口の投球レベルはイガラシの気付かないうちに格段に上がっていた(キ四巻一〇五頁)。それはもう、充分青葉に通用する球になっていた。
 ところで再試合決定から一ヵ月、実質三週間ぐらいで投手経験のない者が立派な投手になれるものだろうか。筆者は充分可能だと考える。まだ中学生だし、しかも地肩の強い谷口である。むしろ最初の頃のヘナヘナ球が信じられないくらいだ。それでもってあれだけ投げ込めば投手としての型はできる。しかも投手経験がないから、本を見ながら勉強するし(キ四巻八二頁)、変なクセがつかずに基本に忠実なフォームになる。なまじっか投手をかじっているよりもよっぽどいい。さすがに変化球は無理だったようだが、ストレートの威力は充分だろう。もしかしたら、ストレートは既にイガラシを上回っていたのではないか。イガラシが成長した谷口の球を見たとき、グラブを落とすほど呆然としていた(キ四巻一〇四頁)。このときに、谷口は既に青葉に通用する投手になっていると確信したのだろう。谷口は変化球が投げられないとわかっているのだから、直球だけで青葉に通用すると考えていたのだろう。イガラシ自身は、自分は変化球を交えないと青葉には通用しないと考えていたと思われる。でも、谷口なら直球だけで青葉に通用すると考えたイガラシは、谷口の速球は既に自分を上回っていると思ったに違いない。

 ストレートだけで青葉に通用する、谷口は僅か一ヶ月で凄い投手になっていた。

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