トップ野球少年の郷第31回
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第三章 墨谷第二中学校 丸井キャプテン編(キャプテン 五〜九巻)−2

〈検証〉丸井のキャプテンシー

 谷口が卒業し、次期キャプテンに任命されたのは丸井だった。谷口がなぜ丸井を選んだのかは明かされていない。イガラシも、なぜ谷口が丸井を次期キャプテンに指名したのか、不思議がっている(キ六巻六六頁)。
 丸井以外の三年生をみてみよう。加藤、高木、遠藤、島田、河野といった面々だ。このうち、キャプテンに近いと思われるのは加藤だ。選抜で敗れた後のミーティングで、丸井がいなかったために司会を務めたのは加藤だった(キ六巻一九六頁)。谷口が加藤を選ばなかったのは統率力に欠けると思っていたのだろうか。
 ちなみに、野球部以外の生徒では二年生のイガラシが新キャプテンになると予想していた者がいた(プ五巻一五〇頁)。どうでもいいことだが、この生徒はイガラシをさん付けで呼んでおり、新入生だったと思われる。新入生が墨二野球部の内情を知っていたのだろうか。

 つまり、周りにそう思わせるぐらい丸井はキャプテン不適格者だと思われていたのだ。実際、部員からリコール運動が起きて、丸井自身も不適格だと認めている(キ六巻一九三頁)。

 では、丸井はどれぐらいキャプテンに向いていないのだろうか?

 まず、すぐに感情的になり、前後の見境がつかなくなることである。さらに部員の好き嫌いが激しく、嫌いな部員に対しては暴力も厭わない。墨二の歴代のキャプテンが練習でシゴくことはあっても、部員に暴力を振るったのは丸井だけだ。しかも近藤を殴ったのは一度や二度ではない。なんと近藤の頭をバットで殴ったこともあるくらいだ。このとき近藤はでっかいコブを作って失神したが、到底許される行為ではない(キ六巻六一頁)。そして新入部員と初めに対面するときは強面でビビらす。丸井によると「最初が肝心」なのだそうだ(キ五巻一七一頁)。演説や儀式的なことが大好きなのである。これも丸井の特徴で、谷口はいちばん苦手な事柄だし、イガラシは無意味なことと思っているフシがある。近藤は結構演説好きのようであるが、ビビらすようなことは言わない。丸井は上下関係に異常にこだわり、下級生にナメられることを極端に恐れているようだ。つまり丸井が下級生に威張りちらすのは、自信の無さの現われではないか?

 正直言って、筆者から見ればいちばん上司にしたくないタイプだ。こういう人が上に立つと間違いなく、成功すると自分の手柄、失敗すると部下の責任にしたがる。事実、敗戦の責任を近藤一人になすりつけていた(キ六巻一七二頁)。

 でも、よく考えると、キャプテンを丸井に選んだのはあの谷口だったのだ。谷口が選んだのだから、かなりの理由があったに違いない。まさか、イガラシをレギュラーとして抜擢した際に、丸井を外してしまった後ろめたさからではないだろう。
 やはりいちばん大きな理由は、丸井が誰よりも墨二野球部を愛していることだろう。このことはイガラシも認めている(キ六巻一九七頁)。二年途中から転校してきた谷口と違い、丸井は入学時からずっと墨二野球部に所属している。墨二に対する思い入れは谷口以上かも知れない。
 その証拠に、丸井は卒業してからも墨二の試合には応援に来るし、練習にも顔を出す。もっとも、運動部を経験したことがある方にはおわかりだろうが、こういう必要以上に熱心なOBは、後輩にとっては少々迷惑なのだが……。
 ちなみに『キャプテン』で、最初から最後まで登場するのは丸井だけだ。墨二の伝統を創った谷口ですら、卒業後は一度も登場していない。谷口が登場するのはジャンプ・コミックスでいうと、全二六巻中、一〜五巻までだ。それに対し丸井は一〇、一七、二三、二五巻以外の全ての巻に登場している。つまり、キャプテンが代わる度に主人公までが代わるという変わったスタイルのマンガ『キャプテン』のトータル的な主人公は丸井とも言える。
 話を元に戻すと、こういうキャプテンはともすると独裁者になりがちだが、丸井は決して独裁者ではない。むしろ、もっと自分の意見を持て、と言いたくなるくらいだ。
 その最たるものが「谷口さん」連発癖である。

 以前、墨二野球部には前キャプテンが新キャプテンだけでなく新オーダーまで決めるという奇妙な風習があると書いたが、谷口もこの風習に倣って丸井に新オーダーを残していった(キ五巻一五九頁)。しかし、エースのイガラシが肩の調子が悪くて選抜で不安だから、いい投手がいるか新入部員をテストして欲しい、と丸井に頼む。丸井は、墨二には一年生は九月まで体力づくりという規則があるからダメだ、と突っぱねるが、谷口はその規則がありながら一年生だったイガラシを起用した、と指摘すると、丸井はアッサリと前言を翻した。理由はただひとつ、谷口がそうしたからだ(キ五巻一七二頁)。
 こうして新入部員に走り込みのテストをさせるが、予想以上のレベルの高さにイガラシは、大幅にオーダーが変わることになるかも、と言った(キ五巻一七七頁)。しかし、丸井はオーダーを変える気はさらさら無く、あくまでも補強人員のテストだと言った。理由はただひとつ、谷口の決めたオーダーを変える気は無かったからだ(キ五巻一七八頁)。

 つまり丸井には選抜で勝つことよりも、谷口の決めたことを守り抜くという姿勢しか見えないのだ。丸井にとって、谷口が決めたことを破るのは最大の裏切り行為だと思っていたようである。それがこのセリフに集約されている。

「ここまでなれたのは誰のおかげなんだa谷口さんのおかげじゃないかa」
「断っとくがな、俺は誰がなんと言おうと、谷口さんの決めたオーダーでいくa」(キ五巻一八〇頁)。
 あまりの剣幕に自分の意志を貫こうとする決意が読み取れるが、実際には自分の意見を持っていないことがよくわかる。谷口を神様に祀り上げて、それにすがっているだけなのだ。
 もちろん、イガラシをはじめ他の部員もそれがわかっていて、丸井もそれを察すると、キャプテンを辞める、と言い出す(一八三頁)。まるでダダっ子だ。
 だが、ちょっと待って欲しい。丸井はこのとき、中学三年生になったばかりだ。こんなキャプテン、少年野球にはよくいるではないか。
 後輩をビビらすのは、チームの統制を取るためのこと。大人だってそれを容認して、ヤンチャ坊主をキャプテンに任命する。

 谷口のキャプテンシーがあまりに素晴らしかったので丸井が未熟に見えるが、丸井の方が一般の少年野球でのキャプテン像ではないか。
 むしろ自分をレギュラーから外した人物を、ここまで尊敬できるのは、純粋な心の現われではないか。
 そして谷口と丸井には一つの共通点がある。谷口は下手だったにも関わらず青葉出身として誤解されて、影の練習でキャプテンの地位を掴み、丸井は一年生のイガラシに抜かれながらも影の努力で再びレギュラーポジションを得た。

 やはり丸井は、墨二の新キャプテンとしてふさわしい人物だったのだ。
 結局丸井は、何事にも投げ出す真似をしなかった谷口を思い出し、キャプテンを続けることにした(キ五巻一九〇頁)。さらに、今度は補強人員ではなく、レギュラーとして新入部員をテストする、と言い出した。(キ五巻一九一頁)。

 なぜ丸井は心変わりしたのか?

 理由は「谷口さんだって、きっとこうしただろうからな」であった(キ五巻一九二頁)。

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