トップ野球少年の郷第41回
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第三章 墨谷第二中学校 丸井キャプテン編(キャプテン 五〜九巻)−12

〈検証〉延長一八回の大熱戦

 九回表の二点リードされている青葉の攻撃。先頭の二番藤田が球威の落ちた近藤の球をとらえ、センターオーバーの二塁打で出塁した(キ八巻一五五頁)。続く三番後藤の時にワインドアップで投げてしまい、みすみす三塁進塁を許してしまう(キ八巻一五八頁)。

 ここで青葉の取った作戦はなんとスクイズ!(キ八巻一六〇頁)ちょっと待って欲しい。これまでも何度も作戦のおかしさを指摘してきたが、これほど滑稽な作戦はない。九回に二点ビハインドで無死三塁の時にスクイズなんかやってなんの意味があるのか。相手に只でアウトをプレゼントさせるだけではないか。ここで後藤がやるべきことは、四球でも何でもいいから塁に出ることだ。そうすれば同点のランナーになる。三塁ランナーを帰すことではない。もちろん、ヒットで帰すのなら、こんなにいいことはないが。まったく、青葉の部長は何を考えているのだろう。野球を知らないのだろうか。

 イガラシも、ランナー三塁ということでワインドアップした近藤に対し「バ…バカが!」と叫んでいるが(キ八巻一五九頁)、このケースではワインドアップでもなんの問題もない。理由は前述したとおりだ。それに、近藤が二塁打を打たれたとき「ま、いいだろ。どうせ二点リードしてるんだ。一点やるつもりで投げろ」と言っているくらいだから(キ八巻一五六頁)、イガラシも理屈はわかっていたはずだ。

 しかし、この青葉のマヌケな作戦は結果オーライとなった。後藤はバントを失敗してフライを打ち上げたが、近藤の足がもつれてボールを捕れず、一、三塁オールセーフとなった(キ八巻一六一頁)。ひょっとして後藤のバント失敗は、部長の無能な作戦に対する無言の抗議だったのかも。

 ここで丸井は珍しく近藤に温情をかける。イガラシに投手交代を命じたものの、続投を懇願する近藤の熱意に負けて、近藤の続投を許す(キ八巻一六三頁)。さらに「しかし、ああまで完投したがる根性はたいしたもんだぜ」と近藤に対して感心している。

 しかしこれが裏目に出て、四番のキャッチャーがセンターバックスクリーンへの逆転3ラン(キ八巻一六五頁)。前にも書いたがこの四番のキャッチャー、墨二戦で二年連続ホームランを打っているのに、名前すら与えられていない、かわいそうな選手だ。

 ここでイガラシが近藤の異変に気付く。近藤は三、四回ごろ既に肩を壊していたのだ(キ八巻一六八頁)。昨年、青葉戦で肩を壊した経験のあるイガラシだからわかったことだが、近藤は身体がでかいといってもまだ一年生だ。丸井はこの事実を近藤には告げず、ベンチに下げる(キ八巻一六九頁)。外野守備が嫌いな近藤がまだライトに入りたがっているから、またリリーフで投げたかったのだろう。たしかに大した根性だ。
 マウンドに立ったイガラシは、見事なリリーフで後続を断つ(キ八巻一七五頁)。イガラシは投げながら、(近藤に対して)全国大会でお前と一緒に投げる、と言っている(キ八巻一七三頁)。ちょっと待て。近藤は肩を壊しているのに、全国大会で投げられるのか?イガラシ自身、夏に壊した肩が翌年の春にはまだ思わしくなかったではないか。

 九回裏、逆に一点リードを許した最後の攻撃。先頭の三番丸井が打ったのは一塁前へのゴロ。しかしここでベースカバーに入った佐野が倒れて内野安打になり、佐野も近藤に引き続いて力尽きた(キ九巻一五頁)。三年生の佐野が八イニングで倒れるのだから、墨二打線も相当強力だ。

 佐野に代わってリリーフに立った次期エース候補の大橋から、四番イガラシがセンターオーバーのツーベースで無死二、三塁の一打サヨナラのチャンス(キ九巻二五頁)。ここで五番小室がバスターによるレフトへの犠牲フライで墨二が遂に同点に追いついた(キ九巻三六頁)。このときのレフトも、大きなレフトフライなのにホームへノーバウンド送球というスーパー強肩を見せている。しかし二塁ランナーを三塁に行かせたことが部長の逆鱗に触れ、「レフト、きさま×××かーっ」と差別用語を使ってレフトを大声で罵倒した。つくづく品のない部長だ。
 しかし六番島田のサードライナーで三塁ランナーのイガラシが飛び出してしまいダブルプレイ。墨二はサヨナラのチャンスを逸した(キ九巻四二頁)。野球をよく知っているイガラシがつい飛び出してしまった。やはりサヨナラを焦ったのだろう。もしこの打球が抜けていれば、こんな凄い試合にはならなかった。
 延長戦に入ってから、また試合が膠着した。イガラシの力投と、青葉の継投策でお互い無得点を重ねた。そしてこの選手層の差が両チームの疲労の度合いにモロに影響した。

 延長一七回表、猛打線を相手にしているイガラシがボロボロなのはわかるが、他の墨二ナインまでボロボロなのだ。そんな墨二ナインを青葉の部長は、全国大会出場は不可能なボロボロなチーム、と評している(キ九巻六三頁)。つまり、墨二がこの試合に勝っても、全国大会は棄権せざるを得ないだろう、というわけだ。

 墨二は延長一七回、そして一八回の青葉の攻撃も無得点で凌ぎ、遂に延長一八回裏、墨二最後の攻撃を迎えたのである。延長一八回引き分け再試合は当時の高校野球のルールだ。つまり、そのルールを採用している『キャプテン』世界の中学野球ではこの回が最終回であり、同点のため墨二の負けはなくなったわけだ。しかし、墨二の状態では翌日の再試合は不可能だろう。
 延長一八回裏、守備から戻ってきた墨二ベンチは、さながら野戦病院のようであった(キ九巻一〇二頁)。まともに座ることもままならず、倒れこんでいる選手もいる。

 だがちょっと待て。イガラシはともかく、野手までなぜこんなに疲労困憊なのか。延長一八回なんて、たかが二試合分ではないか。あの三六校との練習試合、一日三試合は一体なんだったのか。さらにその一日三試合に耐え得る体力を地獄の夏合宿で鍛えたのではなかったか。ひょっとしてあの合宿と練習試合はオーバーワークではなかったのか。特に練習試合と地区予選を合わせると四一試合という異常な試合数。ちなみに現実世界の高校野球で、神奈川や大阪などの激戦区は夏の地方大会を勝ち抜くのに七〜八試合。さらに甲子園で優勝するには五〜六試合と、合わせても最大で一四試合だ。それでもこうした激戦区は甲子園の終盤になると疲労のために不利になると言われている。そう考えると、丸井が決めた三六校との練習試合は大失敗だったと言える。まあそのおかげで、夏合宿を敢行し、選抜優勝の青葉と互角以上に戦えるチームになったとも言えるのだが……。

 一八回裏、先頭の二番加藤はバットを逆さまに持つほどの疲労ぶりで空振り三振(キ九巻一〇七頁)、打席では突っ立ってろ、と言った丸井のアドバイスもムダだったようだ。次打者の、これもボロボロの三番丸井はなんとか合わせ、センター前ヒット。しかしフラフラの足取りで、かろうじてセーフだった(キ九巻一一四頁)。
 そしてさらにボロボロのイガラシが打席に向かった。もう応援団すら応援できない状態だった(キ九巻一一五頁)。もう青葉のアンダースロー投手も、セットポジションすらしない。丸井が走れないのがわかっているからだ(キ九巻一一六頁)。もう墨二が勝つためにはただひとつ、イガラシのホームランだけだった。ホームランなら歩いてホームに帰って来られる。

 一発を狙ったイガラシは、2―0からの四球目、最後の力を振り絞ったスイングでボールを叩き、打球はレフトスタンドに飛び込んで、審判の手がグルグル回った。サヨナラホームランだ(キ九巻一二三頁)。
 しかし、ベースをまともに廻れないイガラシに、青葉の部長はキャッチャーに「ボサッとみてないで手をかしてやらんかa」と怒鳴り(キ九巻一二五頁)、青葉のキャッチャーの肩を借りてなんとか起き上がったイガラシは丸井と共に歩いてベースを一周し、墨二、青葉両応援団から万雷の拍手を受けた(キ九巻一二七頁)。

 だが、青葉部長の予言どおり、矢折れ刀尽きた墨二は全国大会出場が不可能になったため棄権、丸井にとって墨二での最後のゲームになった。ちなみに、現実世界での高校野球では、甲子園出場を決めながらこういう形で出場辞退した高校は一例もない。

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