トップ野球少年の郷第58回
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第五章 墨谷第二中学校 イガラシキャプテン編(キャプテン 九〜二二巻)−1

 ☆戦績

  @地区予選四回戦 ○墨谷二 ?―0 金 成 ● 勝=近藤 負=小池
  A地区予選五回戦 ○墨谷二 ?―0  ?  ● 勝=近藤 負=?
  B地区予選準々決勝○墨谷二 ?―0  ?  ● 勝=近藤 負=?
  ※練習試合    ●墨谷二 1―13 朝日高 ○ 勝=菅野 負=近藤
  C地区予選準決勝 ○墨谷二 ?―? 向 島 ● 勝=近藤 負=?
  D地区予選決勝戦 ○墨谷二 9―2 江田川 ● 勝=近藤 負=井口
  ※練習試合    ○墨谷二 3―2 朝日高 ● 勝=近藤 負=菅野
  E全国大会一回戦 ○墨谷二 18―3 白 新 ● 勝=イガラシ(兄) 負=大石
  F全国大会二回戦 ○墨谷二 ?―?  ?  ● 勝=? 負=?
  G全国大会三回戦 ○墨谷二 ?―?  ?  ● 勝=? 負=?
  H全国大会準々決勝○墨谷二 6―5 北 戸 ● 勝=近藤 負=戸田
  I全国大会準決勝 ○墨谷二 2―1 南 海 ● 勝=近藤 負=二谷
  J全国大会決勝戦 ○墨谷二 4―3 和 合 ● 勝=イガラシ(兄) 負=中川

 ☆主なメンバー
  墨谷二中
   イガラシ(三年)投手、三塁手・右投右打 四番打者で冷静沈着なキャプテン。
   小室(三年)捕手・右投右打 前年度の五番から六番に降格。やや短気。
   佐藤(二年)一塁手・左投左打 下位打者だが唯一の左打者で貴重な存在。
   イガラシ慎二(一年)二塁手・右投右打 イガラシの実弟で、しぶとい打撃。
   曽根(二年)遊撃手・右投右打 選球眼のいいリードオフマン。
   牧野(二年)左翼手・右投右打 二番打者。
   久保(三年)中堅手・右投右打 頼りになる三番打者に成長。
   松尾直樹(一年)右翼手、三塁手・右投右打 陰の努力でレギュラー。
   近藤茂一(二年)投手、右翼手・右投右打 主力投手にして五番打者。
   山下(一年)控え・右投右打 素振り中、松尾にケガをさせる。
   青木(一年)控え・右投右打
   鳥井(一年)控え・右投右打 ノッカーも務める。
  他の学校
   井口源次(三年)投手・左投左打 江田川中の本格派左腕でイガラシとは同窓。
   遠藤(三年)投手・右投右打 白新中の軟投派エース。
   戸田(三年)投手・左投左打 北戸中のエースで重い速球が武器。
   二谷(三年)投手・左投左打 南海中の変化球が得意のサウスポー。
   中川(三年)投手・右投右打 和合中の本格派でホップする速球が武器。

 ○イガラシ、墨谷二中のキャプテンに就任

 卒業した前キャプテンの丸井が新キャプテンに指名したのは、大方の予想通りイガラシだった。イガラシはレギュラーが五人も抜けたため、戦力が手薄になったので、イガラシの弟である慎二を含む一年生の起用を決定、フレッシュなメンバーで春の選抜に臨むことになった。

 選抜での優勝をターゲットにしたイガラシは、ナインをシゴキまくった。その成果があって、毎朝新聞の評価では墨二を優勝候補に推すほどの実力をつけた。

 しかしその記事に練習内容が掲載されており、練習が過激すぎるのではと父兄らの間で問題になった。そんなおり、一年生の松尾が練習中に大ケガをしたこともあって、選抜出場を棄権することになった。

 〈検証〉優勝候補・墨二

 丸井からキャプテンを引き継いだイガラシにとっての最初の目標は、まもなく開幕する春の選抜だった。前年の夏は全国大会を棄権したものの、地区予選では優勝したために、選抜に選ばれたのだろう。

 だが、レギュラーが五人も卒業したため、チームの再編成が必要だった。なにしろ残ったレギュラーはイガラシ、小室、久保、近藤の僅か四人である。しかも、二、三年生の中にレギュラーを任せられるような選手がいなかった(キ九巻一四二頁)。

 大勢の新入部員が入部していたが、イガラシは当初、一年生を起用しようとはしなかった。これはちょっと意外である。イガラシはたとえ一年生でも実力があれば試合に使うべき、という考え方をしていたはずだ。それで一年の時は谷口に直談判してレギュラーになり、二年の時は、新入生の中からレギュラー候補を探すべき、と丸井に進言している。そのおかげで墨二野球部にあった「一年生は九月まで試合に使わない」という規則を有名無実なものにしている。

 そのイガラシが「力のある新入生を春の選抜にまにあわせるようなムチャもできん」と言っているのである(キ九巻一四三頁)。キャプテンになったら一八〇度意見が変わっている。
 どうやらこれは、前年度に一年生の近藤を起用して、選抜で初戦敗退したのが頭に残っているようだ。そしてその近藤の起用を丸井に懇願し、自ら教育係を買って出たのが他ならぬイガラシだったのだから、かなり責任を感じていたのかも知れない。

 しかし、上級生だけで選抜を戦い抜けないのも事実であった。そんなイガラシの悩みを知った近藤は「どうでっしゃろ、一年生から人材をさがしてみてば?」と提案するが、イガラシは「中学野球ってものを一から、教えなくちゃならんしな」と却下している(キ九巻一八七頁)。

 この二人のやりとりを聞いていたのが一年生のイガラシ慎二(以下、慎二)だった(キ九巻一八八頁)。慎二は言うまでもなく、イガラシの弟である。慎二は、力のある一年生に中学野球を教えるのと、力の無い上級生の実力を引き上げるのと、どちらが時間がかかるかで答えが出るのでは、と言った(キ九巻一八九頁)。答えは言うまでもない。実力を引き上げる方が時間がかかるに決まっている。弟に説き伏せられてイガラシは渋々、一年生をテストすることに決めた(プ九巻一九〇頁)。

 一年生のテストは厳しいものだった。グラウンドを何週も走らせて、バテてついていけなくなった者たちは容赦なく不合格にした(キ一〇巻一九ページ)。少数精鋭主義のイガラシらしいテストの仕方だ。さらに守備と打撃の実技テストは、小室、久保、近藤以外の全ての上級生に対しても行った(キ一〇巻二一頁)。

 テストは日が暮れるまで行われ、合格者はたったの七名だった(キ一〇巻九四頁)。つまり、既存のレギュラーの四人を足してもベンチ入りは僅か一一人。一四名まで出場が認められているのだから一四名選べばいいと思うのだが、そんな気はイガラシには無いようだ。

 一一人の学年構成は、三年生が三人、二年生が四人、一年生が四人となっている。三年生が極端に少ない、いびつなメンバー構成である。一年生の中には慎二も入っていた。

 慎二は小学生時代は野球部のキャプテンを務め(キ一〇巻一七頁)、その頃は兄のイガラシ以上という噂だったようだ(キ一〇巻五二頁)。では本当に慎二はイガラシより上なのだろうか。中学時代の両者の比較をしてみよう。
 兄のイガラシは一年からレギュラーで三番、しかも事実上のエース。二、三年では四番に上がり、近藤と共に主軸投手を務めた。ホームランも確認できるだけで三本打っているスラッガーでもある。

 弟の慎二もやはり一年からレギュラーだが、下位打者でセカンド。二年では一番でサード。三年での打順・ポジションは不明。投手経験は無い。ただし、ションベンカーブ程度なら投げられるようだが(キ二二巻一八七頁)。ホームランを打ったシーンは無く、スラッガータイプとはとても言えない。短距離打者だ。

 少なくとも中学時代のプレーぶりを見ると、兄のイガラシの方がスケールは断然上だ。イガラシはずっと墨二の中心選手だったが、慎二は好選手止まりという感は拭えない。もっとも慎二が三年になった時にはどんな活躍をするかはわからないが。

 ベンチ入りメンバーも決まり、イガラシは選抜に向けての特訓スケジュールを考えた。イガラシの不満は、夜には練習ができなくなることだった(キ一〇巻一〇四頁)。公立の中学校にナイター設備なんてあまり聞いたことがない。
 そこで慎二が夜間でも動いている工場横の空き地に案内した(キ一〇巻一一五頁)。窓から漏れる光で練習しようというのである。夜間練習のメドがたったイガラシは、さっそくスケジュールを立てた(キ一〇巻一三八頁)。それは朝五時から始まり、夜一〇時まで続くという、一日約一〇時間にも及ぶ文字通り地獄の特訓である。午前五〜八時の三時間、午後〇〜一時の昼休みに一時間、放課後の三〜六時の三時間、そして夜間の七〜一〇時の三時間だ。

 しかし、この特訓に異を唱える人物がいた。一年生部員の松尾の母親である(キ一〇巻一五〇頁)。松尾の母の抗議に対してイガラシは、選抜までの一時的な特訓ですから、と説明しても「一時的にせよ、学業を犠牲にするのはぜったい反対です」と松尾の母は取り合わない(キ一〇巻一五二頁)。結局、妥協案として松尾の母は、息子だけは放課後の正規の練習のみの参加、という条件を付けて、イガラシも渋々了承した(キ一〇巻一五四頁)。この松尾の母が、やがてイガラシにとっては厄介な存在になってしまう。

 結果、松尾は練習不足のために練習にはついていけなくなり、レギュラーから一時外される(キ一一巻四五頁)。なにしろ他の者が一〇時間練習しているのに、松尾は放課後の三時間しか練習できないのだから(昼休みの一時間は母親に内緒で練習に参加していたかも知れないが)、ついていけなくなって当然だ。しかしその後、松尾は影の努力でレギュラーに復帰する(キ一一巻一一四頁)。

 松尾はその後、一年時から背番号9を貰い、ライトとサードを掛け持ちする堂々たるレギュラーとなったが、この時点では内野手として練習していたようだ(キ一一巻三七頁)。

 選抜強化特訓が始まった頃は、慎二を含む一年生は練習についていけなかったが、ようやく特訓に慣れてきた頃、毎朝新聞のお馴染みの記者とカメラマンが取材に来た(キ一一巻九ページ)。記者は墨二の特訓ぶりに驚き、約一〇日後の新聞にその記事を載せた。その記事では「優勝候補bP、墨谷二中」と小見出しに出ていた(キ一一巻六八頁)。

 新学年を迎えた頃には決まったレギュラーが四人しかいなくて、一年生四人(内、レギュラーは二人)に頼らざるを得なかったチームが、なんと一ヵ月足らずで選抜の優勝候補筆頭になったのである。しかも、同じ面の小見出しには「強行スケジュール、ケガ人続出」と書かれている(キ一一巻七〇頁)。普通「ケガ人続出」のチームが優勝候補に挙げられるだろうか。本当ならマイナス評価になるはずなのに「強行スケジュール」によるチーム強化が優勝候補までに押し上げたのだろう。

 しかしこの「強行スケジュール、ケガ人続出」という小見出しと、その記事の内容が墨二を窮地に追い込むことになる。

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