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第五章 墨谷第二中学校 イガラシキャプテン編(キャプテン 九〜二二巻)−13 

〈検証〉苦投!イガラシと近藤

 六回表から登板したイガラシは、先頭打者の七番・松村の放った打球はライト後方へ。これを、近藤がまさかのファインプレー(キ一九巻一七一頁)。北戸戦で二本のライトフライを処理した近藤は、守備にも自信をつけてきたようだ。

 北戸とは逆に、二谷の球を打っているせいか、南海打線は近藤のような重い速球よりもイガラシの変化球の方が相性がいいようだ(キ一九巻一六六頁)。もちろんそれだけでなく、イガラシは相当疲れているので、変化球のキレも二谷ほどではなく(キ一九巻一六二頁)、南海の選手にとってイガラシは近藤よりも遥かに打ちやすそうだ(キ一九巻一七二頁)。

 しかしイガラシはこの回、残る二人も苦心の投球で料理し、三者凡退で抑えた(キ一九巻一八九頁)。さらにイガラシは七回もノーヒットに抑えて、八回表の南海の攻撃を迎えた。
 一死無走者からバッターは五番の片岡に代わってマスクを被っている佐々木。八回一死無走者で五番ということは、それまでのイニングは全て三人で攻撃を終わっているということだ。ただし「パーフェクト」という表現は使わず「ノーヒットノーラン」と言っているから(キ二〇巻一〇頁)、ヒット以外のランナーは出ても併殺、盗塁刺、牽制刺などで切り抜けていたのだろう。

 佐々木が放った打球はファースト佐藤のミットを弾き、ライトへ転がるチーム初ヒット(キ二〇巻一七頁)。佐々木は一気に二塁を落とし入れるが、近藤が指をかばわずに二塁に送球したため、南海に近藤の故障を知られてしまった(キ二〇巻二〇頁)。
 ここで六番の板垣は、北戸のようにファールでイガラシを潰そうかと提案したが、二谷や片岡はこれを拒否した(キ二〇巻二一頁)。既に潰れているも同然のイガラシに歯が立たないくらいなら、負けた方がマシだ、と。ウム、学生野球はかくあるべきだ。

 左打者の板垣は巧く流し打ちしてレフト前ヒット(キ二〇巻三一頁)。ホームへ突っ込もうとした佐々木だったが、三塁コーチの指示により慌てて三塁に戻る。このとき、返球をカットしたイガラシが足をもつれさせ倒れてしまい、打者走者を二塁に行かせてしまった(キ二〇巻三三頁)。

 一死二、三塁でバッターは七番の松村。1―0から二谷はスクイズのサインを出すが(キ二〇巻四〇頁)、イガラシの勘の良さにビビってしまい、投球と同時にスタートした三塁ランナーに戻れと大声を上げる(キ二〇巻四一頁)結局これは二谷の考えすぎで、イガラシはまともに勝負してきたのだから(キ二〇巻四二頁)、そのままスクイズをしていれば一点を返せただろう。南海にとっては惜しいプレーだった。
 2―0と追い込まれた松村はヒッティングに出てライトフライ(キ二〇巻四六頁)。フライを捕った近藤は、人差し指を使わずにホームへダイレクト返球(キ二〇巻四八頁)。タッチアップの三塁ランナーを見事に刺してこの回も無失点で切り抜けた(キ二〇巻四九頁)。しかしもうイガラシは限界で、九回のマウンドは近藤に託すしかなかった。

 八回裏、墨二の攻撃中、近藤は小室相手にブルペンで投球練習をしていた(キ二〇巻五六頁)。しかしそれは、人差し指を使わずに投げているので、球威は全く無かった。そんな近藤に、スタンドから丸井が、それでは通用しないと言った。そして二年前の谷口のエピソードを近藤に聞かせた(キ二〇巻六〇頁)。谷口が二年前の青葉戦、指が折れているのにナインにはそのことを隠し、見事に投げ抜いて墨二を日本一に導いた、と。
 しかし、谷口のことは名前しか知らない近藤は、そのエピソードを聞いても「その人、神経がにぶいんとちゃう?」と、丸井の前では絶対に言ってはいけない言葉を発した(キ二〇巻六一頁)。丸井はこのトンデモ発言に対して、怒ることも嘆くこともできず、ただ「がーん」とショックを受けるのみだった。
 しかし近藤はこの話に影響を受けたのか、指をかばわずに速球を投げ込んだ(キ二〇巻六八頁)。近藤は「折った人ができたいうんに、ワイにかてそれくらい、へへ」と言い、丸井を驚かせた(キ二〇巻六九頁)。丸井は珍しく「え、えらい!それでこそ次期墨谷のエースだぞa」と近藤を褒め称えてマウンドに送り出している(キ二〇巻七一頁)。

 大凡「根性」という言葉からかけ離れている近藤の気持ちを震え立たせたのはなんだったのか。それは谷口のエピソードを聞いて、自分が一番になりたいという欲求ではなかったか。近藤は誰もが知っての通り、お山の大将である。自分が一番でないと気が済まない。
 近藤が爪を剥がしてなおもプレーを続けていることに、自分自身に酔いしれていたのではないか。俺はケガに耐えて戦っている、と。

 しかし、谷口のエピソードを聞いて、自分以上の人間がいることがわかった。自分が一番ではないことを認めることが嫌だから、谷口以上のことをするしかないのだ。人が成長する時、この負けん気は不可欠だろう。イガラシですらこの時の近藤のことを「それにしてもやつにあれほどの闘志がひそんでいたとは」と驚いている(キ二〇巻七四頁)。

 そしてこの時の近藤の言動を見ると、近藤が墨二に憧れてわざわざ関西から越境入学したわけではないことがわかる。近藤は谷口の名前こそ知っていても、その活躍ぶりは全く知らないのだ。墨二に憧れて入学したのなら、谷口のことをもっと知っているはずである。

 九回表、南海の攻撃は八番打者から。しかし近藤は死球を与えてしまう(キ二〇巻八五頁)。血ノリでボールが滑ったらしい(キ二〇巻八七頁)。ここで代走に小川が起用された(キ二〇巻八六頁)。
 無死一塁で九番の増本。ここで小川が盗塁成功(キ二〇巻九五頁)。九回二点ビハインドで本来なら盗塁という作戦はありえないのだが、ここは手負いの近藤を足でかき回すつもりだったのだろう。
 増本は0―3から真ん中に置きにきたボールをバスター。これが決まってレフト前ヒット、無死一、三塁と南海は絶好のチャンスを迎えた(キ二〇巻九八頁)。二点ビハインドで0―3から打って出るとは、かなり勇気がいることだ。
 ここで一番打者は1―0からスクイズ。これが決まって一点を返し、なおも同点のランナーを二塁に進めた(キ二〇巻一〇六頁)。
 一点差で一死二塁と場面が変わり、二番の橋本のところでエンドランをかけたが、セカンドゴロに倒れ、二死三塁となった(キ二〇巻一一三頁)。

 一打同点で三番の大島。1ストライクを取ったところで、丸井が大きな咳払いをしてキャッチャーの小室を呼んだ(キ二〇巻一一八頁)。丸井は痛さに耐える近藤のことを気遣い、小室に間合いを取れと指示したのだ(キ二〇巻一一九頁)。これほど近藤のことに気を掛ける丸井を初めて見た。谷口の話に応えてくれたのが嬉しかったのか、思わぬ近藤の根性を見直したのか。
 近藤は最後の力を振り絞り、速球を投げ込んだ。これを大島は三遊間への鋭い当たり。同点か`と思われたが、サードのイガラシが横っ飛び。サードライナーとなりゲームセット(キ二〇巻一三一頁)。墨二は薄氷の勝利を掴んだ。

 超ファインプレーをして倒れこんだイガラシの元にナインが殺到した(キ二〇巻一三二頁)。しかし近藤の元に駆け寄る者はいなかった。近藤は激痛から開放され、貧血を起こしその場で倒れてしまった(キ二〇巻一三三頁)。ナインはようやく、近藤がいかに厳しい痛みに耐えて投げていたのかがわかった。
 墨二は決勝進出を果たした。しかし、投の両輪、イガラシと近藤が満身創痍で、決勝での戦いが険しくなることは目に見えていた。

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