トップ野球少年の郷第72回
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第五章 墨谷第二中学校 イガラシキャプテン編(キャプテン 九〜二二巻)−15 

〈検証〉雨中の激闘、優勝旗の行方は?

 九回表、和合の攻撃は、八回にスクイズを外された三番の森口から。森口は近藤の速球を叩いたが、イガラシの好捕によりサードライナーに倒れた(キ二一巻一五三頁)。

 一死無走者で四番の下坂。このとき、イガラシは近藤の爪から血が滲んでいることを知った(キ二一巻一五六頁)。近藤はかつての谷口のように、指の痛さを黙って耐えて投げていたのだ。近藤の根性も相当なものである。
 球威の衰えた近藤から下坂がセンター前ヒット(キ二一巻一六一頁)。もはや和合はゴロ狙いではなく、近藤を打ち崩そうとしている。
 五番・中川のライト前ヒットで下坂は一気に三塁へ。一死一、三塁と追加点を奪う絶好のチャンスを迎えた(キ二一巻一六五頁)。
 そしてイガラシはとうとう近藤を諦め、自らが再びマウンドに登った(キ二一巻一六六頁)。一発を恐れるよりも、逆転のために無失点で切り抜けることがこの場面での最優先課題だった(キ二一巻一六七頁)。
 バッターは六番で左打者の柳。流し打った打球はサードゴロ(キ二一巻一八三頁)。ゲッツーコースだったが松尾がセカンドに悪送球(キ二一巻一八四頁)。和合に大きな、本当に大きな一点が入った。
 もはや墨二ナインは呆然と立ち尽くすのみとなった。そのとき、審判団が急に集まった(キ二一巻一八七頁)。雨足が強くなってきたので、試合を一時中断するというのだ(キ二一巻一八八頁)。
 墨二守備陣はベンチに戻った。ダメ押しとも思える一点を失い、この中断が今後の試合にどう影響するのか?和合の監督は、自分のチームに有利に作用するだろう、と分析した(キ二一巻一八九頁)。致命的な一点を与え、しかもピンチを残したままの中断では、墨二ナインは針のムシロに座っているようなものだ、というところか。

 意気消沈とする墨二ベンチ。そこで丸井が、無理してでも笑顔を作ると気も楽しくなる、とアドバイスした(キ二一巻一九二頁)。無理して笑顔を作って見せたイガラシに、ナインも、イガラシ本人も大爆笑した(キ二一巻一九六頁)。クールなイガラシだったからこそ、この思わぬリラックス効果が出たのだろう。丸井もたまにはいいアドバイスをする。和合は大爆笑の墨二ベンチを不審そうに見ていた(キ二二巻八頁)。そりゃあ、負けているチームが爆笑していたら、和合にとって不気味だろう。
 試合が再開して、一死一、三塁でバッターは途中出場の七番・吉川から。カウント2―0から和合がとった作戦はなんとヒットエンドラン。しかも三塁ランナーまでスタートを切っている(キ二二巻一九頁)。しかし吉川の打球はサードライナー。松尾がさっきの悪送球を帳消しにするファインプレーで併殺(キ二二巻二二頁)。墨二はなんとかピンチを切り抜けた。

 しかしこの場面で、エンドランをかける必要があったのか。しかも一塁ランナーを走らせるだけならともかく、三塁ランナーまで走らせるのはあまりにもリスクが大きかっただろう。しかもカウントは2―0で、外される可能性も高いのに。内野ゴロでも生還させようと思っていたのだろうか。
 一―三と二点ビハインドで迎えた九回裏、墨二最後の攻撃は九番の慎二から。しかしショートゴロに倒れて1アウトとなった(キ二二巻三三頁)。
 打順はトップに還って曽根。曽根はボールの頭を叩いてしまい、ボテボテのゴロになったが、雨が幸いして内野安打となった(キ二二巻四一頁)。どうやら中川の球威が落ちて、あまりホップしなくなったらしい(キ二二巻四三頁)。

 一死一塁から二番の牧野が放ったライナーはあわやセンター前へ。しかしこの打球をショートの下坂がダイレクトキャッチ。ダブルプレーだけは逃れたが、二死一塁と墨二は絶体絶命に追いやられた(キ二二巻五〇頁)。もし一塁ランナーの曽根が戻れなかったら、その瞬間に和合の優勝が決まっていた。
 意気消沈の墨二応援団に対して丸井の怒りが爆発し、応援団長の制服を奪い取って、自らの音頭で応援の指揮を取った(キ二二巻五三頁)。哀れ応援団長はこの後、トランクスいっちょで応援するハメになる。
 点差は二点。二死一塁でバッターは三番の久保。こんな時のバッターの気分はどんなものなのだろうか。
 2―0と追い込まれた久保は三球目、ライトオーバーの当たりを放った(キ二二巻六六頁)。打球はライトを越え、一塁ランナーは一気に生還、一点差に迫る三塁打となった(キ二二巻六九頁)。久保が望みを繋いだのだ。
 それにしても和合バッテリーは、カウント2―0から三球勝負に行く必要があったのか。追い込んでいるのだから、慌てて勝負する必要も無い。結果論だが、見せ球を使ってじっくり料理すればよかったのだ。実はこのとき、キャッチャーの森口は監督の指示を仰ぎ、監督は勝負を命じている(キ二二巻六〇頁)。和合の監督は、中川の球威が落ちているから早めに勝負をさせたのだろうか。

 一死三塁、一打同点のチャンスで四番のイガラシ。森口は監督に敬遠を打診するが、監督はこれを拒否した(キ二二巻七三頁)。なにしろイガラシを出すとサヨナラのランナーになり、後ろには一発のある近藤が控えている。
 コントロールを乱しながらも2―2まで追い込んだ中川が投げ込んだ内角高めの速球を叩いたイガラシの打球は、墨二ナインと応援団の願いを込めてレフトスタンドへ。
 サヨナラホームランか`と思われたこの打球は、惜しくもファールとなった(キ二二巻八九頁)。
 再び監督に敬遠の打診をする森口だったが、和合の監督は、前年度優勝校の誇りにかけて、勝負を避けてまで連覇する気は毛頭ない、と言い放った(キ二二巻九一頁)。
 なんとすがすがしい言葉だろう。学生野球の監督はこうあって欲しいものだ。青葉の部長と、松井秀喜に対して五打席連続敬遠を指示した某高校の監督は、和合の監督の爪の垢でも煎じて飲んでもらいたい。
 しかしイガラシが放った打球は、レフトオーバーの二塁打で、墨二は遂に同点に追いついた(キ二二巻一〇一頁)。勝負したのが裏目に出たが、これは結果論だろう。

 二死二塁の一打サヨナラのチャンスで、五番の近藤。しかし、墨二にとってはこの回で勝負を決めたかった。イガラシも近藤ももはや限界で、延長戦になれば不利になるのは目に見えていた。
 二塁ランナーのイガラシはリードもできないほど疲労していた(キ二二巻一〇八頁)。そんなイガラシを六番の小室ではホームに返せないだろうと考えた近藤は、自分の力で返そうと決意した(キ二二巻一一六頁)。
 ただ、このケースでは近藤を敬遠してもいい場面だ。一塁が空いているし、二塁ランナーのイガラシがホームに還ればサヨナラになるので、一塁ランナーは勝敗に関係ない。ここで敬遠の指示を出しても、青葉の部長も、松井を全打席敬遠した某監督も非難されることはない。勝負を指示した和合の監督も、カウントが1―3になった時点で「どうしてもいやな相手に、勝負をむりじいても、はじまらんだろう」と、中川の弱気を容認している。むしろ、こんな時こそ前年度優勝校というプライドはかなぐり捨てて、ハッキリと敬遠を指示するべきではなかったか。むやみに敬遠をするのは考えものだが、敬遠すべき場面ではちゃんと敬遠するべきだろう。敬遠だって、野球の立派な作戦の一つだ。

 1―3からわざとボール球をファールした近藤は(キ二二巻一一八頁)、ベンチの上から応援している丸井に呼ばれた。なんと丸井はスタンドからタイムをかけたのだ。当然、審判からは睨まれる(キ二二巻一一九頁)。部外者の丸井にタイムをかける権利などない。
 曽根にタイムをかけさせた丸井は、それでも近藤がボール球に手を出した心理を理解していた(キ二二巻一二〇頁)。ただ確実にミートしろとアドバイスしたのだ(キ二二巻一二二頁)。近藤はどうしてもイガラシをホームに返そうと、思わず力んでいたようだった(キ二二巻一二六頁)。
 カウント2―3から近藤が放った打球は三塁線を抜けた(キ二二巻一二九頁)。イガラシは三塁コーチの合図もないまま一気にホームへ突っ込んだ。
 クロスプレーとなった本塁上ではタイミングがアウトに見えたが、ヘッドスライディングしたイガラシの手が一瞬速くホームに触れた(キ二二巻一三一頁)。
 墨二が九回裏、二点差をひっくり返すという奇跡のサヨナラ勝ちで、二年ぶり二度目の全国選手権制覇を成し遂げた。

 毎朝新聞社・全国中学野球連盟主催、全国中学校野球選手権大会の大優勝旗は、墨谷第二中学校野球部主将であるイガラシの手に渡った(筆者の推測による)。

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